橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

佐藤和歌子『悶々ホルモン』

酒の本の出版が、あいかわらず多いが、先日も書いたように最近のトレンドは大衆酒場とB級グルメ路線。本書もそのひとつということになるが、書いたのは、一人で焼肉を食べに行くのを無上の喜びとする二八才の女性フリーライターというところがユニーク。その原点の一つは、リクルートスーツを着て就職活動をしていた五年前、浜松町の「秋田屋」の前を通りかかって「私もオヤジになりたい」と思ったことだというから、本物だ。馬の内臓を食べさせるワインダイニングや、ホルモン懐石の店なども登場するが、大部分はオヤジ系のもつ焼きとホルモン焼の店で、内容の濃いこと濃いこと。敬服である。行ったことのない店も多く、まだまだ不勉強と反省する。風邪をひいて寝込んだ日に、非常食用のモツ煮缶、レトルト牛スジを食べて燗酒を飲むなど、ちょっと心が温まるお話も。
実家に帰ったとき、ふと思う。娘が立ち飲み屋で一本八〇円の焼きとんを食べてると知ったら、母親は泣くだろうか。孫の顔がどうこうよりも、そっちの方がもっと根本的に申し訳ない、と。いえいえ、あなたのやっていることは、日本社会のジェンダー秩序を変えるという大きな事業なのです。居酒屋業界のためにも、どんどん広めていってください。でも女だけの場所だってあるんだから、オヤジだけの場所も、少しは残しといてね。

悶々ホルモン

悶々ホルモン