橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

銀座「ささもと」

classingkenji2008-05-20

門前仲町「大坂屋」のところでも紹介したが、明治中期の貧民街に関する優れた(といわれる)ルポルタージュに、松原岩五郎の『最暗黒の東京』(一八九三年)がある。ここに、当時のもつ煮込みについて「煮込──これは労働者の滋養食にして種は屠牛場の臓腑、肝、膀胱、あるいは舌筋等を買い出してこれを細かに切り、片臠となして田楽のごとく貫串し、醤油に味噌を混じたる汁にて煮込みし者なり。一串二厘……。」という記述がある。現代の煮込みは、小さく切ったもつを汁で煮込み、小鉢に入れて出すのが普通だが、当時は串に刺して煮込むのが普通だったらしい。しかし東京には、いまでも串に刺した煮込みを出す店が、「大坂屋」をはじめ何軒かある。ただしその多くはディープな下町居酒屋、あるいはヤミ市系の酒場で、普通の人には入りにくい。唯一、若いカップルなどでも入りやすいのが、ここ銀座の「ささもと」である。本店は、新宿の思い出横丁で、こちらはいつも、中高年男性の常連で一杯。銀座のこの店は、普通の居酒屋スタイルで、店先にメニューが出ているからわかりやすく、気軽に入れる。串に刺した煮込みとはいっても、汁は白味噌系で、もつ自体もよく下処理してあり、臭みのない上品な味。明治の労働者の食べていたもの想像するのは難しいが、一度は食べてみる価値がある。ただし、値段は全体に高めで、串煮込み・串焼きは一本一九五円からだし、刺身の串はものによっては四〇〇円くらいする。キンミヤ焼酎にワインを少し混ぜた葡萄割りが六八二円というのも法外な値段で、私にとっては何年に一回か行けば十分という店である。(2008.5.7)

中央区銀座4-3-7
17:00〜23:20 日曜16:00〜21:00 祝日にあたる月のみ休