橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

松山「赤丹本店」

classingkenji2010-02-03

二泊三日の予定で、松山へ。日が暮れかかる頃、まず入ったのがこの店。創業七六年というおでんの老舗だ。
松山は、空襲で完全に焼け野原になった街。終戦直後には、伊予鉄松山市駅の近辺にヤミ市が林立したが、撤去されたときにほとんどの人が廃業したとのことで、ヤミ市起源の店も少ない。そのなかで、これほど古い店は珍しい。愛媛新聞社から出ている『わすれかけの街』(池田洋三著)という本は、七〇年代に古老たちから聞いた話を元に、戦前の街並みをイラストで再現した労作だが、これをみると、たしかに同じ場所に「おでん」と書かれている。
 五〇年前にお嫁に来たというお母さんが料理人と二人で切り盛りする。おでんは、お母さんの担当。何十年も前から継ぎ足して使っているというのに、おでんの汁が澄んでいる。色は濃いのに、種が透けてみえる。練り物はもちろんのこと、牛すじやゆば巻など、何でも美味しい。うれしいことに、地の魚介類の料理がいろいろある。小猿のようにかわいい形をしたミミイカの煮付け、光り輝くホウタレ(カタクチイワシ)の刺身など。おでん鍋の横で燗して出すのは、地元の「雪雀」。
 ときおりメデイアにも紹介される有名店だが、松山へ行くことがあったら、この店だけは外せない。(2010.1.18)

松山市湊町5-5-10  
15:00〜22:30 日休

新版 わすれかけの街 松山戦前戦後

新版 わすれかけの街 松山戦前戦後