橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「大衆酒場 明星」

classingkenji2009-09-09

次に向かったのは、踏切を越えた反対側にあるこの店。あちこちに紹介されているから、名前だけは知っている人が多いと思うが、場所・雰囲気とも難易度が高い。好みの人には堪えられない、昭和二〇年代の雰囲気の大衆酒場である。私は三回目ほどだが、前の来たのはいつのことだったか。暖簾の文字をそのまま読むと「大衆明星酒場」となるが、「大衆」と「酒場」の間に店名を入れるのは、下町大衆酒場によくあることだ。
J字型カウンターのみで、一〇席ほど。客はほぼ常連ばかり。茶色に変色した壁には、やはり変色した色紙やポスターが無造作に貼られている。メニューは値段の改定のせいかやや新しいが、それでもけっこう変色している。キリンビールが大瓶で五五〇円、ホッピー三七〇円、レモンサワー三〇〇円、日本酒二八〇円。肴は、なす焼き、卵焼き、きんぴら、がんもなど三〇〇円台が中心。
まだ四〇代かと思われる女性が、一人で切り盛りしている。この若さなら、まだまだ続けられるだろう。仮にあと三〇年続けたとすると、二〇四〇年の日本に、一九四〇年代の雰囲気が伝えられることになる。根岸の「鍵屋」のように、正統文化に属する酒場ではないから「文化財」と呼ばれることはないかもしれないが、居酒屋好きからみれば、十分文化財である。近未来には、こういう店をも保存の対象とすべきだろう。(2009.8.27)

板橋区板橋1-18-2
17:00〜1:00ごろ 不定