橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

千歳船橋「さざ家」

classingkenji2009-03-04

出来かけ原稿の束を持って、千歳船橋へ。とりあえずは「なぎ屋」でホッピー片手に原稿チェックをするが、ひと通り見終えたところで、あらかじめ目をつけておいたこの店へ。いままで気づかなかった横丁に、こんな居酒屋を見つけることができるのだから、この街も捨てたものではない。
千歳船橋は、近くに住む人以外には印象の薄い場所だと思うが、かつてはかなり賑わっていたこともあるようで、その様子は、 佐伯幸三監督・森繁久彌主演の映画「駅前音頭」(一九六四年)からうかがえる。森繁はすでにこのあたりに住んでいたはずだから、撮影場所になったというのは、地元からの働きかけでもあったのだろうか。当時は小田急線もスピードが遅かったし、新宿へ出かけるというのも、たまのお出かけという気分だったはず。そういう時代には、地元商店街が元気だった。映画の中の商店街には有線放送のアナウンスが流れ、盆踊り大会だ、いやハワイアンだと商店主たちが競い合っている。商店がなくなってビルが建ち、マンションが建つ。街は活気を失っていく。その最大のバロメーターは、居酒屋だと思っている。居酒屋には、人が滞留する。居酒屋に人がいるということは、商店街の滞留人口がそれだけ多いということだ。
さて、この店。メニューのお造りラインナップをみると、まぐろ、しめ鯖、鯛、トリ貝、ホッケ、のれそれ、赤なまこといった具合で、定番と珍しいものとが共存し、四八〇−六八〇円と安い。ホッケは脂がのっていて、しかし脂臭くない。こんな刺身を食べたのは、北海道以外では初めて。ぬた盛り合わせ(五八〇円)は、数種類の刺身の切れ端を合わせたもので、これも美味しい。酒は焼酎、日本酒、それぞれ十数種類。郊外にしては、ちっょとおしゃれな雰囲気で、カップルも多い。(2009.3.1)

世田谷区桜丘2−29−21
17:30〜24:00 木休