橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

千歳船橋「なぎ屋」

classingkenji2008-11-18

千歳船橋は、それほど知られた街ではないし、行ったことがあるという人は少ないだろう。いずれも歩くと20分ほどかかるが、近くには東京農業大学日本大学商学部があり、若者が多い。だから、若者向けのチェーン居酒屋が何軒かある。
この街に長く住んでいる有名人に森繁久弥がおり、かつては商店街を歩いているところをよく見かけたという。主演した喜劇映画「駅前」シリーズのなかの「喜劇 駅前音頭」(佐伯幸三監督・1964年)という映画は、このあたりの商店街が舞台になっている。商店街は南北にわかれ、舞台になったのは北側だが、南側にもけっこう店が多い。かつてはヤミ市だったのではないかと思われる飲食店街とマーケットがあるが、そのマーケットの奥に最近できたのが、この店。中にカウンターとテーブル席が六つほどあり、通路にもテーブルが二つばかりある。レトロ風味のインテリアだが、場所がヤミ市マーケットだけに、わざとらしく見えないのがいい。
代々木店、方南町店、西荻窪店、中野新橋店に続く五店目とのこと。ちょっと「四文屋」に似た、個人経営テイストのチェーン店である。メインのメニューはもつ鍋とやきとりで、もつ鍋一〇二九円、豚もつ焼き一二六円、焼き鳥一五八円。ホッピーが四二〇円で、中・外とも二一〇円というのは良心的な価格設定だ。焼酎が一〇種類ほど、日本酒も三種類ほどある。一人なのでもつ鍋は遠慮しておいたが、同じモツを使っていると思われる煮込みは、腸の脂の溶け具合もよく美味しかった。やきとりは、たれ・塩と指定せずおまかせにするのが原則だという。試しにいろいろ注文してみたら、カシラ、タンは塩、シロ、レバはたれで出てきた。正しいチョイスである。
開店してひと月も経たないというのに、ほぼ満員。出だしは順調のようである。客は、学生かフリーターのような若者たちと、二〇−三〇代の若いサラリーマンが中心だが、中高年の一人客や二人組もいて、幅広い。近所にいいもつ焼きを出す店ができたのは、心強い。苦言をひとついうと、ホッピーの焼酎をキンミヤに変えるだけで一〇〇円高くなるというのは不届ききわまりない。キンミヤは、プレミアム焼酎ではなく、あくまでも庶民の酒なのである。(2008.11.13)

世田谷区桜丘2-28-17
17:00〜24:00(LO23:00) 無休