橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

豪徳寺「住吉」

classingkenji2007-08-24

ようやく原稿が完成した。図表込みで、約三三〇枚。一〇月には出版される予定である。完成祝い、と行きたいところだが、時間が中途半端だし、食べる予定の材料が冷蔵庫にたまっているので、近くで少しだけ飲むことにする。というわけで、以前から気になっていた豪徳寺の「住吉」へ。先日は、TOKIO古典酒場編集長のブログでも取り上げられていた、戦前からあるという古い店である。
紺色の暖簾をくぐって入ると、左側に八席ほどのL字型カウンター、右側にテーブルが三つ。ビールを注文すると、アサヒとキリンがあるという。キリンを注文して、まずは一人で乾杯。飲みながらメニューを眺める。ビールは大瓶が五〇〇円、サワー類が三三〇円、ホッピーは四〇〇円。料理が安い。グリーンアスパラ、ピーナッツ、さつま揚げなどが三〇〇円。ちくわ、マカロニサラダ、ポテトフライが三五〇円。サンマ、サバなどの焼き魚が三八〇円。串カツ、アジフライ、イワシフライが四〇〇円。いちばん高いのは、メンチカツで四五〇円。ビールの次にホッピーを注文したら、よく冷えたジョッキに氷を入れ、冷えた焼酎を注ぎ、冷えたホッピーとともに出すという「氷入り三冷」というスタイル。
まだ五時半だというのに、カウンターはあらかた埋まっている。客は地元の五〇−六〇代男性ばかり。白かグレーの半袖シャツに地味な色のズボン、というのが標準のスタイルで、何人かは帽子をかぶっている。後から入ってきた六〇代の男性は、「いい店は混んでるね!」といって、隙間に腰掛ける。一人で切り盛りしている女将さんは、ちょっと照れ笑い。カウンターに座っているのはみんな一人客のようだが、ときどき話が盛り上がる。盛り上がったのは、社会保険庁はけしからん、退職金もらって退職した奴らにもカネ出させないと、という話題。テーブルの三人組は、写真仲間らしい。カメラが壊れたのを自分で直した話や、プリントの質の話など。そういえば、この近くに荒木経惟が住んでいるはず。ひょっこり現れたりするんだろうか。
客の一人が「お手すきで、まぐろぶつ」というと、意味が分からなかった女将さんが「え?」と聞き直す。隣の客が「手が空いたときでいいから、という意味だよ」と教えると、「そういうことかぁ。なんせ百姓の娘なもんでわからなかったわ」と笑う。温かい雰囲気の、地元の「いい店」だ。世田谷線山下駅前の細い路地にある。(2007.8.23)