橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

高円寺「バクダン」

classingkenji2007-08-16

今日は大学のオープンキャンパス。お盆の真ん中にオープンキャンパスをやる大学が少ないからか、受験生が大挙して押しかけてきた。一一日と一二日の二日間で、三〇〇〇人を超える盛況。どれだけ受験してくるか、分からないけれど。疲れたので、一人で慰労会でもしようかと立ち寄ったのが、久しぶりの高円寺。以前から行ってみたかった「バクダン」に直行する。
店構えは大衆的というかチープな雰囲気。入り口は模様ガラスの入ったアルミサッシの引き戸で、その前に紺色の暖簾と古びた縄のれんが二重にかかり、左側には円筒形の赤ちょうちん。入ると左右にテーブルがあり、奥にはカウンター。カウンターは一杯のようなので、手前のテーブルに席を取る。メニューは、壁に貼られた短冊と、黒板に手書きで書かれた本日のおすすめ。外観からすると焼鳥屋風なのだが、串に刺さずに焼いて皿で出される焼鳥やモツ焼が何種類かあるだけ。メインは、刺身などの魚料理である。イワシの刺身を注文すると、刻みキャベツを下に敷いた小鉢にレモンが添えられてきた。
奥のカウンターはみえない。テーブル席で飲んでいるのは、カジュアル姿の五〇代男性、カジュアル姿の五〇−六〇代男性四人組、そして四〇代のカップルが一組。服装は思いっきりカジュアルで、首に使い古しのタオルを巻いていたり、あるいは長ズボンの裾をまくり上げたり。Tシャツに短パン、Tシャツの上にぼろぼろのベスト、半袖シャツをだらしなくズボンの外に出し、野球帽をかぶった人など。ここまでは、まさに下町風。しかし、話題が少し違う。テレビで米国のセミ大発生を報じているのを見て、店主が言う。「セミの寿命って、素数になってるんだってね。十一年とか、十七年とか。他のセミとぶつからないようになってるんだって。素数を発見したのは数学者じゃなくってこいつらだって。この間、数学者の人が言ってたよ。」客が応じる。「へえ、自然の知恵ってもんだね。」数学者が通い、客も素数を知っている。お盆のせいもあるのか、外に出ると若者が多い。中央線だねぇ。(2007.8.12)