橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「銀座化粧」(成瀬巳喜男監督・1951年)

classingkenji2007-05-31

成瀬巳喜男の映画としては、全盛期の少し前に位置する作品で、さほど評価は高くないのかもしれない。しかし、冨田均はこの映画を「東京映画ベストテン」の第二位に選んでいる(ちなみに一位は、小津安二郎の「一人息子」)。戦災から復興したばかりの銀座がよく描かれていて、三十間堀は埋め立て工事が進行中、三原橋は水が流れなくなった堀の上に残っている。主演の田中絹代は、五歳の男の子を一人で育てながら、銀座の「バア・ベラミイ」で女給をしている。長野から上京した堀雄二を銀座へ案内し、二人で歩きながら、埋め立てられる前は両側のバーや喫茶店の光が三十間堀の水に映ってきれいだったとか、ついこの間までは銀座通りの両側に露店が出ていたなどと話す。
「バア・ベラミイ」だが、壁の棚にはずいぶんいろいろな洋酒が揃っている。しかし、客の多くはビールを飲んでいる。ラベルには、ちょっと小さめの星印が見える。サッポロに改称する前の、ニッポンビールだ。店には、小銭を稼ぎに子どもたちがやってくる。生活のため、子どもたちも働かなくてはならなかったのだ。写真の女の子は八歳で、父親らしき男の弾くバイオリンに合わせて歌う。その他にも、女の子は花を、男の子は煎餅を売りに来る。田中絹代は、客が買ってくれないとみると、「またあした来るのね」「一回りしてらっしゃい」と、他の店に行くよう促す。これが銀座の酒場の普通の風景だったのだろう。他にも浪曲師やアコーディオン弾きなどがやってくる。アコーディオン弾きは今でもいるらしいが、浪曲師とは時代を感じさせる。
夜の銀座の表情も、よくとらえられている。光り輝くネオン、「バア・ベラミイ」のある裏通り、近くのおでん屋、深夜に酒を飲む客が集まる中華料理店など。とくに、L字型カウンターのおでん屋がいい。こんな店のなじみになって、飲んでみたいものである。[rakuten:bitwings-shop:704465:detail]