橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

下北沢「せっちゃん」

classingkenji2007-03-14

二月二六日の東京新聞に、「消える僕らのシモキタ 人情屋台せっちゃん 再開発で閉店へ」という記事が載った。下北沢北口に、ヤミ市そのままのおでん屋さんがあって、近く閉店して取り壊されるのだという。下北沢にはときどき行くのだが、南口専門で、これには気がつかなかった。見ておかなくては。
行ってみて、びっくりした。松平誠の『ヤミ市 東京池袋』という本は、生存者からの聞き取りによって、池袋のヤミ市の姿を生々しく描き出した名著だが、そこに描かれたヤミ市の居酒屋そのものである。ガード下の店本体に、屋根と壁がちょうつがいでつながれている。カウンターも、真ん中で折れるようになっている。閉店時にはカウンターを折り、戸を外し、屋根と壁をたたんで店じまいをするのだという。店主の山口さんに少しだけ話を伺った。日時はまだ未定だが、四月中には取り壊されるとのこと。新宿の思い出横町だって、今の姿はヤミ市そのものではなく、ちゃんとした建築になった後の姿だ。貴重なヤミ市遺産として、どこかで復元保存できないものだろうか。
私の他に、客は二人。音楽関係の若者で、自前でCDを制作したり、手づくりのはがきでライブの案内を出したりしているらしい。一人が、今度のライブが終わったらもうやめようと思ってるんだと言う。もう一人は、そうか、と考え込む。ゆっくり焼酎を飲み、おでんを食べて、二人合わせて一七五〇円払って出ていった。こんな若者たちを、もっと長く見守ってほしい店なのだが。(2007.3.14)