橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「第二力酒蔵」

今日は仕事のあと中野へ。まず四文屋で焼きとんを肴にビールを飲み、喉を潤してから妻と落ち合い、二人で第二力酒造へ。この店はビールがスーパードライなので、一軒目には行かないのである。
店内はかなり広い。向かって左側の入り口から入ると、右側にカウンターがあり、ここに一〇席。その内側では、何人もの料理人が忙しく働いている。通路をはさんだU字型のカウンターに一一席、その左側にテーブルが六席あり、さらに奥には広い座敷がある。壁面は品書きで埋め尽くされていて、八〇〇円から二〇〇〇円台の刺身、天ぷら、煮魚などが並ぶ。ふぐ料理は三〇〇〇円台。安い店ではないが、内容からすればコストパフォーマンスはけっこう高い。満足して安く済ませるなら、早めに来て、魚の煮汁で煮た豆腐や野菜の煮物を頼むとよい。今日はあいにく売り切れだったが。
まずは燗酒、そして麒麟山の吟醸。肴には、まず貝の刺盛りをいただく。ホタテ、青柳、小柱、赤貝、トコブシが盛られていて、とくにホタテがうまい。甘みと旨味が強く、しかも貝柱の繊維がしっかりした歯触りを感じさせる。鰺の刺身もうまかったが、いくら何でも一切れが大き過ぎはしないか。最後に頼んだ穴子の天ぷらは、身が厚くジューシーで文句なし。
奥の座敷は一部しか見えなかったが、この店の客にはかなりはっきりしたカラーがある。スーツにネクタイ姿の男性二人か三人のグループが、十六組のうち七組(人数では十七人)を占め、他にも、カジュアルながら品のいい服装をした女性を伴った、スーツにネクタイ姿の男性が五人。カジュアル姿のみのグループは四組だけ。男女比は男性二十八人(うちスーツにネクタイ姿二十三人)、女性九人。つまり客の多くは仕事帰りの、それなりに金のある新中間階級男性中心のグループで、たまには妻に美味いものを食わせてやろうと仕事帰りに待ち合わせてやってきたらしい、やはり新中間階級の男性が何人か、というわけである。しかも、次々にスーツにネクタイ姿の二−三人のグルーブがやってきては、二階に通されている。中野は郊外というより都心に近いが、都心でもここまで新中間階級男性比率の高い居酒屋は、それほど多くない。いやむしろ、都心の洒落た店のように若いカップルが来ないため、そうなりやすいのか。フリーター風若者とくたびれたオヤジが多い四文屋とは大違いである。
しかしこの店、ビールがスーパードライというのが実に惜しい。そうでなければ、一軒目に来てじっくり飲めるし、日本酒で甘くなった舌を、ときおりビールで洗い流すなどという飲み方もできるのだが。メインがアサヒというのを変えたくないなら、せめてヱビスを置いてほしい。
三軒目は、「ブリック」へ。ここはサントリーバーで、名物は二百円のトリスハイ。山崎や白州などサントリーウイスキーが多いが、スコッチやバーボンも出す。ベテランのマスターのもとで、若いバーテンダーが一生懸命働いているのが心地よい。カウンターの客は大部分が男性で、ポロシャツやドレスシャツの男性二人組が二組、スーツにネクタイとノーネクタイの二人組、スーツにネクタイ姿の一人客、そしてスーツにネクタイ姿の五十代男性二人が二十代の女性部下をはさんで座る三人組。見るからに下心ありそうな上司にはさまれた女の子が、居心地悪そうでかわいそうだ。
中野は、単一の繁華街として考えると適度な面積に、すべての機能が揃っていて魅力的な場所だ。毎日通っても、飽きないだろう。そしてその魅力は、すべてを受け入れる超階級性に裏打ちされている。