橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「金ちゃん」

classingkenji2006-10-21

夕方、練馬区有識者会議のため練馬区役所へ。八時過ぎに終わり、懸案のもつ焼き屋「金ちゃん」へ。
店はけっこう広く、それぞれ七人ほど座れる向かい合わせのカウンターと、テーブルが七つ。店主はカウンターの内側で串を焼き、煮込みを管理する。そのほかの料理と酒を出すのは、店主の連れ合いと三人の外国人女性である。串焼きは一本八〇円で、素材が良く焼き方も頃合い。煮込みは三三〇円、枝豆が二五〇円、おひたしが一五〇円など、安いメニューが並ぶ。ビールはサッポロ黒ラベルで、大瓶四八〇円だから安い。ホッピーはセットが三五〇円でナカが二五〇円。美味しくて安くて、しかも野菜ものもひととおりあるので健康的な食事ができる。大衆居酒屋のお手本のような店である。
カウンターには、男性の一人客が十一人と、カップルが一組。スーツにネクタイ姿は三人だけ。年齢は四十−五十代が中心で、カップルだけが三〇代のようだ。テーブル席の客は五組十一人。やはり大半はカジュアル系の服装で、スーツにネクタイ姿は一人だけ、他にノーネクタイのスーツ姿が一人。五十代夫婦だけは、ちょっと品のいい服装をしているが、他はみんな普段着である。
ピールを一本飲み、ホッピーのお代わりをした頃から、客がだいぶ入れ替わってくる。後から入ってきたのは、スーツにノーネクタイの四十代男性、スーツにネクタイ姿の四十代男性、二十代と六十代のカップル、そしてジャージやトレーナーといった思い切りラフな服装の三十代男性二人客が二組。ちょうど向かい側に座った三十男二人組の会話がときおり聞こえてくる。車両がいつ届くかなどと話しているところを見ると、運転手だろうか。俺なんか親が死んでも連絡来ないと思う、などと話しているのは、地方から出てきて職も住所も転々とした故か。東京二十三区を大きく東と西に分けるなら、その境界は練馬区板橋区の間を通るだろう。いわば、国境の街。こういう街には、洒落たレストランと大衆酒場が共存する。その街の、いちばん大衆的な酒場である。(2006.10.19訪問)