橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

御徒町「スタンディング・コーナー」

集中講義の二日目、今日は少し歩いて御徒町へ行くことにする。一軒目は御徒町のガードそばにある「佐原屋」へ。ともかく安い店で、ビール大瓶が五〇〇円、料理は二〇〇円台が中心で、いちばん高いのがキスやメゴチなどの天ぷら五〇〇円。客は中年男性がほとんどで、活気にあふれる。しかし、細長い店内の両側にカウンターがあって、客は壁を向いて座り、店員は壁とカウンターの間の細い空間を使って客の注文をとったり料理を運んだりするという、変わった造りの配置のため、観察は早々に断念。しばらくくつろいで飲むことに徹してから、次の店へ行くことにする。
二軒目は「スタンディング・コーナー」。名前の通り立ち飲み屋だが、酒が充実していて、日本酒や焼酎をそれぞれ数種類、そしてサントリーウイスキーほぼ全種類と、スコッチやバーボンそれぞれ数種類を置く。私はこの店で、マッカランの味を覚えた。かつては、狭い店内に中年男たちが群がる喧噪な店だったが、移転して広くなり、モダンジャズの流れる少しおしゃれな立ち飲みバーになった。二階もあるらしいが、私は行ったことがない。かつて狭い店を威勢よく切り盛りしていたマスターは亡くなり、店の看板の絵にその面影を残している。こんな場所に来たときしか飲む機会のない、サントリーの「白州」をロックで啜りながら、店内を見渡してみる。
客は七組、一六人。男性が一三人と多いが、女性を含むグループが三組いて、男だけの店という印象はない。特徴的なのはスーツにネクタイ姿の客が皆無なことで、ノーネクタイが二人いるだけ。年代的にも三〇代以下が九人と、過半数を占める。狭かったころの店に、スーツにネクタイ姿からアメ横関係者、そして労務者風まであらゆるタイプの中年男性が群がっていたのと比べると、客層はかなり変わった。どちらかといえば、若者に親しまれるカジュアルな店にシフトしたといえる。ネクタイがいなくなったのは、おしゃれになりすぎたせいか、それとも価格設定がやや高くなったせいか。高くなったとはいっても、山崎やジャックダニエルが四〇〇円、バランタイン一七年ですら八〇〇円。金はないけどいろいろ飲み比べたいというウイスキー初心者にはうってつけの店である。(2006.7.26訪問)