橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

居酒屋考現学

さて、今回も酒の話、というより、居酒屋の話です。
居酒屋関係の本が花盛りです。これは、太田和彦さんの功績ですね。格好のキャラクターと情熱を兼ね備えたこの著者のおかげで、和風居酒屋の紹介本はひとつのジャンルを成すようになりました。私も、出れば片っ端から読みふけるファンの一人ですが、いつも不満に感じることがあります。それは、居酒屋を通して日本社会や巨大都市・東京のしくみや変貌を論じるような、社会批評としての、あるいは都市論としての居酒屋論が見あたらないことです。これは、他の多くの著者も同じです。唯一の例外は川本三郎ですが、彼の本の中では、居酒屋について書かれている部分はさほど多くありません。
では、どのように論じればいいのか。私なら、まず今和次郎考現学に範をとります。よく知られているように、今和次郎は銀座と本所深川で調査を行い、通行人一人ひとりの性別や職業、服装などを事細かに記録・集計しています。いまから読むとそれは、近代都市東京の階級的な性格についてのすぐれた分析になっています。
同じことは、現代の居酒屋についてもできるはずです。ポケットにメモ用紙とペンを忍ばせ、あちこちの居酒屋で記録を取る。結果を地域ごと、ジャンルごとなどで集計する。そうすれば、居酒屋というものが、それぞれに客層や機能を異にしていて、見事なまでの階級的性格を示すこと、それが立地場所と深く関わっていて、都市の隠された構造を反映していることが明らかになるはずです。そう、居酒屋考現学というわけです。
外で飲み歩く回数を増やすための口実? そんなことはありませんよ(笑)。
これからときどき、その成果の一端をご紹介していきたいと思います。