橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

中野「四文屋」「魚の四文屋」

classingkenji2006-09-24

吉祥寺の名店、「いせや」が閉店するというので、見納めにと出かけたところ、店の前は長蛇の列。この様子では一時間は待たされるなと、写真だけ撮って退散し、JRでもと来た道を戻って中野へ。中野で飲むのは久しぶりだ。中野には名店「第二力酒造」があるのだが、ここはビールがアサヒなので、一軒目には向かない。いろいろ迷ったあげく、今日はもともと「いせや」で焼き鳥を食べるつもりだったこともあり、「四文屋」に入ることにした。
まずは生ビール。そして、レバー、ガツ、小袋の刺身を一本ずつ注文。レバーは生のまま、ガツと小袋はさっと湯がいたものが、串に刺した形でそれぞれステンレスの小皿に載り、たれをかけ刻み葱を添えて出てくる。美味いし、食べた感じでは焼き二本分くらいのボリューム感がある。これで一〇〇円は安い。サッポロ黒ラベルの大瓶を一本追加して、次はシロとカシラを焼いてもらう。シロはたれ、カシラは塩。こちらも、水準を行っている。最後は金宮焼酎の梅割りをいただいて、店を出る。これで二〇〇〇円ほど。この店は江古田にもあり、こちらは数回行ったことがあるが、味は同じだ。
もう一軒、どこにしようかと歩いていると、「魚の四文屋」という真新しい看板が目に入った。覗いてみると、先ほどの「四文屋」と同じユニフォームの若者たちが働いている。ということは、「四文屋」の新業態か。これは、入ってみないわけにはいかない。ビール(やはり、サッポロ黒ラベル)を飲みながらメニューをひととおり眺めてみる。アイナメ、ウマヅラ、メダイ、アオリイカなどの刺身が四〇〇円前後。刺身でいちばん高いのは天然平目の七五〇円。サザエの壺焼きと焼ハマグリ(二個)が五〇〇円。さすがに安い。まずはメバルの刺身、頃合いを見計らって秋刀魚の塩焼きを注文。大型の炉で大量の炭を使い、落ちる油で燻されながら焼かれた秋刀魚は、家庭では真似のできない味だった。そのあとは、車エビとうなぎ串を焼いてもらう。各二〇〇円で、十分楽しめた。「四文屋」と「魚の四文屋」、二軒合わせれば最高の組み合わせで、酒と料理に対する欲求の八割くらいは満たせそうだ。
祝日ということもあって、客はほぼ全員がカジュアル姿である。四、五十代の男性一人客が六人、二〇代から六〇代の男性二人客が四組、そして三〇代と四〇代のカップル、三〇代女性の三人組。年齢層は幅広く、女性もグループなら入りやすいだろう。Tシャツ姿やポロシャツ姿が多いのだが、下町とはやはり雰囲気が違う。くたびれた感じではなく、ちゃんとデザインされたものや、品のいい色のものを着こなしている客が多い。若い頃の陽水のような、ミュージシャン風の客もいたりする。そしてもう一つ、下町と違うのは日焼けした客が少ないこと。日焼けの有無は、階級とかなり関係がありそうだ。
「四文屋」は若い店員が多いが、みんな熱心に働いている。商品知識もあり、手が空いてもぼっと立っているようなことはなく、店頭に立って呼び込みをする。ただのアルバイトとは違うという印象を受けるのだが、どういう人事システムをとっているのだろうか。大資本のチェーンのような増え方ではなく、少しずつ暖簾分けしながら店を増やしているようで、これから楽しみだ。願わくは、ホッピーを置いて欲しいものである。(2006.9.23訪問)