橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

松山「網元」

classingkenji2010-02-10

大街道付近はほぼ探索し終えたので、ちょっと場末の方にも足を伸ばしてみる。伊予鉄松山市駅は、江戸時代の市街地のほぼ南の端にあり、そこから線路を渡って南や西へ行くと、しだいに場末感が漂ってくる。そんな地域の踏切のそばに「網元」があった。
店先は魚屋で、輝くように生きの良い魚が並び、生簀ではなんとサバが泳いでいる。看板には「居魚屋」とある。居酒屋がもともと「居て酒を飲ませる酒屋」のことであることを考えれば、実に正しいネーミングだ。
自慢の品は、このサバの活け作りである。社長の向田さんは漁師で、巻網船団と真珠養殖場をもつ会社の三代目。ところが真珠の売り上げが一〇年前の一割以下と壊滅状態になったのを受け、社員の仕事を確保するために天然サバの畜養と飲食業を始めたのだという。もちろん、簡単なことではない。鯖は弱い魚で、これまで鯖の活け作りなど浜でも食べられなかったのだから。知恵を絞ってここまでこぎ着けた。開店は、つい二ヶ月前とのこと。中小企業経営者の鑑のような人である。
まだ動いているサバの刺身は、旨みといい歯応えといい、未体験の味だった。その他、ムール貝、緋扇貝、はまぐりなども焼いていただく。松山の新名所である。(2010.1.19)

松山市藤原町2-1
12:00〜22:00 不定