橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

松山「小判道場」

classingkenji2010-02-08

松山中心部の繁華街、大街道周辺を徘徊し、見つけて次に入ったのが「小判道場」。古い建物で、白地に墨文字の暖簾など、東京の下町にある大衆酒場の名店のようだ。店の内部も、予想通りに古い居酒屋の造りだ。大きなL字型カウンターがあり、ご夫婦二人で切り盛りする。
聞けば五〇年前からこの場所で、建物もずっとそのまま。不思議な店名は、もともとが寿司屋で、小判型の寿司を握っていたから。近所で同じ頃から続いているのは洋食屋が一軒あるだけで、たいがいの店は跡継ぎがなく、経営が変わってしまったのだという。料理は刺身、煮物、天ぷらなどの業界類、鍋、おでん、唐揚げなど幅広い。付き出しにふぐ皮が、東京なら一品料理として通用するほどどっさり盛られてきたのには驚いた。酒は「梅錦・つうの酒」を、お薦めにしたがってぬる燗で。
ご主人はお若く見えるが、もう七六歳。やはり跡継ぎはいない。帰り際、ご主人が「もう何年もできませんが、またよろしくお願いします」と見送ってくれた。こんな店が消えてしまうというのは、何とも惜しい。(2010.1.18)

松山市二番町2-6-1