橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「第二宝来家」

classingkenji2009-12-10

シャンソンどぶろく」イベントの後は、新宿へ移動。同窓会をやっていた四年ほど前の卒業生と合流し、思い出横丁へ。こういうときには、やはり安心して飲める「第二宝来家」だ。ここは以前も取り上げたことがあるが、先代の金子正巳さんが敗戦直後に始めた、このかいわいではやきとり屋のさきがけだった店。昭和四〇年代の初めまではやきとり専門だったが、その後少しずつ料理が増えてきたという。やきとり屋起源の居酒屋の、典型のような店ということができる。
 金子正巳さんには、『やきとり屋行進曲──西新宿物語』という著書があるが、この本には、豚のモツ焼きをなぜ「やきとり」と呼ぶかについての貴重な証言がある。開店間もない頃の話である。

宝来家は、当初、品名は何も書かず、「三本十円」とだけ書いた紙を店先や店内に貼っておいた。しかし、お客がたいてい聞く。
「なに、これ?」
そのたびに豚モツだと説明したが、やはり「何々」と書かなければだめらしい。いろいろ考えたが、「やきとん」とした。しばらくその名称で売った。しかし、誰も、「やきとり」がいいという。それで、いつからか覚えていないが、
(ほんとはトリじゃねえが、みんながああいうんだからいいだろう)
と思って、「やきとり」と名称を変更した。

豚のモツ焼きを「やきとり」と呼ぶ用法は、戦前から一部で広まっていたが、これを覚えていた客を通じて、戦後のヤミ市に簇生したやきとり屋へ伝えられたということだろう。
この店は、タレ焼きがおすすめ。落花生を混ぜたというタレは、適度な粘りがあり、何十年もの間に蓄積された旨みが素晴らしい。(2009.11.21)
[付記]私の勘違いで、この日行ったのは「きくや」だったようです。写真のやきとりも「きくや」のものです。しかし金子さんの本のことなど読んでいただきたいので、記事はこのままにしておきます。

新宿区西新宿1-2-5
16:30-24:00 日・連休の日祝休