橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

太田和彦『東京 大人の居酒屋』

太田和彦の居酒屋本といえば、執拗なまでにメニューを書き写したデータ完備のガイドブックと、紀行文風のエッセイ集が思い浮かぶが、本書はやや趣が違う。
取り上げられた五五店は、すべて右側に文章、左側に写真という二ページ構成でまとめられている。写真にはまったく人物が登場せず、店の雰囲気と料理の質感を写し取ることに主眼が置かれる。そして、文章も簡にして要、建築と内装、主の人となり、料理と酒の美質を凝縮する。たしかに巻末には、住所と地図が収められ、主なメニューも値段付きで示されている。しかし本文だけをみるなら、こうした即物的なところを忘れ、店の魅力だけに集中させる仕掛けになっている。
取り上げられている店そのものは、すでに著者がこれまで紹介してきたものがほとんどだが、これまでとはひと味違う本作りで、独自の価値がある。巻末のデータに創業年が添えられ、根岸の名店「鍵屋」に「安政3年」などと記されているのがうれしい。

東京 大人の居酒屋

東京 大人の居酒屋