橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

味平龍之尉『みひらん 東京下町沿線編』

「食農健レポート」という飲食店ブログを運営している著者が、ブログの内容を中心にまとめたもの。もつ焼き屋、ホルモン焼肉屋、居酒屋・小料理屋、食堂・洋食・ステーキ屋、立ち飲み、中華料理、その他、という七部構成だが、もつ焼き屋から居酒屋までの比重が高く、しかも「その他」には焼鳥屋が含まれているので、実質的には居酒屋ガイドである。
ごく一部、都心や郊外の店も取り上げられているが、下町、とくに京成線沿線が対象。だから浅草、立石、青砥、高砂など、下町居酒屋ファンには見慣れた場所がよく出て来るが、ちょっと新鮮なのは、金町の店が数多く取り上げられていること。考えてみると、私たちはふだん、亀有と柴又あたりまでは下町と認識しているが、金町は視野に入っていないように思う。これは、盲点といえよう。思わず行ってみたくなるもつ焼き屋や居酒屋が何軒もある。金町に限らず全体に、既存のメデイアには取り上げられたことがないと思われる店が多い。暇がとれる平日に、ぜひ行ってみたい。
それぞれの店が二ページから三ページで紹介されるのだが、最後の方には必ず、「んー、ナイスですねぇ!」という一言が入る。ただし、最高五つ星の評価はけっこう厳しくつけられていて、本文でも辛辣に評価されている店がある。「あくまで、ぶらりと立ち寄って客としての感想ですので、お店側のご了解は得ておりません」とのこと。だから、住所も電話番号も記されていない。これは、居酒屋ガイドの一つの見識だろう。ガイドを見た一見客が電話予約で席を確保してしまうようでは、大衆酒場の文化は成立しないのである。写真も一切なし。だから、一八二ページで値段は九五二円と安い。薄いので、カバンにも入りやすい。有名店ばかりのガイドブックに飽き足らない人も、興味津々で読むことができる。そして読み終わったときには、行きたい店の候補がいくつも頭の中に残っているはずである。

みひらん<味比覧ガイド>-東京下町沿線編- (mag2libro)

みひらん<味比覧ガイド>-東京下町沿線編- (mag2libro)