橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

藤木TDC/イシワタフミアキ『昭和幻景』

文を担当している藤木は、『東京裏路地“懐”食紀行』などの著書があり、ヤミ市起源の飲食店街を精力的に取材していることで知られる異色のライターである。これまでの著書は、「食」に重きをおいていて、戦争直後の雰囲気をとどめる建物そのものには、あまり焦点が当てられていなかった。これに対して本書は、建物が主役である。
大部分は昼間に撮影が行われており、建物の全容が、色彩やテクスチャーを含めて、鮮明に記録されている。冒頭におかれたのは、池袋・人世横町の取り壊し現場で、マッカーサー道路建設予定地、東上野コリアンタウン、問屋橋商店街、立石・呑んべ横町、三原橋、彦三小路、しぶや百軒店、新宿センター街などと続き、後半部には横浜、静岡、甲府などの地方都市、そして名古屋と大阪が続く。大阪のアパッチ部落跡には驚いた。こんなものが、まだ残されていようとは。著者たちの精力的な情報収集と取材力には感服する。
撮影地のかなりの部分では、現在も飲食店が営業している。行ってみたい場所が、一気に増えた。記録としても貴重である。

昭和幻景 消えゆく記憶の街角

昭和幻景 消えゆく記憶の街角