橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

太田和彦『シネマ大吟醸』

居酒屋めぐりが好きな者にとっては、神様みたいな存在になってしまった太田和彦だが、実は日本映画通でもあることはあまり知られていない。この本は、戦前の映画を中心に、一九五〇年代前半までの日本映画を論じたもの。居酒屋を論じるときの観察眼、そしてデザイナーらしく画面構成の特徴を見抜く眼が、遺憾なく発揮されており、ストーリーのさわりの部分を紹介するときの語り口も、なかなか素晴らしい。当代一の居酒屋通としての片鱗も随所にみられる。たとえば稲垣浩の「お祭り半次郎」では、「昔の大工が丹精込めた古い店に親父のつくるシブイ肴。遠く聞こえる祭囃子。──これですよ」という具合。巻末の一〇〇頁ほどは名画座めぐりの記録で、三軒茶屋成瀬巳喜男の「驟雨」をみたあと、銘酒の品揃えで有名な「赤鬼」に入ったりする。
太田ファンで、少しでも映画に興味があるなら、必読。

シネマ大吟醸 (小学館文庫)

シネマ大吟醸 (小学館文庫)