橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

渡淳二監修・サッポロビール価値創造フロンティア研究所編「ビールの科学」

長い名前の研究所は、サッポロビールの商品開発を行なう研究所で、監修者は、その前所長。サッポロビールは業績が低迷して、サントリーにも抜かれてシェア四位のありさまだが、技術力には定評がある。ビールの歴史、種類、製造工程などについて解説した本は少なくないけれど、これはブルーバックスの一冊ということもあり、理系の本という点で、従来の一般書とは毛色が異なる。
実際、高校で化学を習っていないと、読みにくいところもあるかもしれないが、ちょっと我慢して読んでいけば、大手のビール会社はここまで研究しているのかとびっくりさせられる部分が少なくない。たとえば、ビールのを飲み込むときの筋電位と嚥下音を分析する「喉ごしセンサー」、人口脂質膜を使って味成分の舌への吸脱着状況をシミュレートする「コク・キレセンサー」の開発とか。こんな研究をして売り上げが増えるというものではないとはいえ、感心する。
発泡酒の開発のところに、おもしろい記述がある。麦芽比率の低い発泡酒では、麦汁中のアミノ酸が少ないために酵母が健康に活動することが難しい。このため硫黄臭(サルファー臭)が発生しやすく、これを克服するのが技術的な難題だったというのである。なるほど、と思ったのは他でもない。以前から、スーパードライの強烈なサルファー臭が気になっていたからである。スーパードライの味の薄さは麦芽比率が低いことによるものではないかと思っていたのだが、その裏付けがとれたという気がする。
驚いたのは、アセトアルデヒド分解酵素活性の弱い人の比率が、地域によって全然違うこと。日本では四四%だが、韓国は二八%、フィリピンは一三%で、西ヨーロッパと中東・アフリカは〇%とのこと。四四と〇の違いは大きい。ヨーロッパ人が酒に強いはずである。
ビール好きの人は、手元にあって損はない。技術的な部分がすべては理解できなくても、情報源として有用である。

ビールの科学―麦とホップが生み出すおいしさの秘密 (ブルーバックス)

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