橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「豊年満作」

classingkenji2009-02-11

仕事の原稿が完成間近になると、居酒屋へ行く。完成が近づいてくると、ちょっと気分を変えて別の観点からチェックしてみるというプロセスが必要になる。原稿を書いたのと同じ部屋、同じ机では、なかなか欠点に気がつかない。酒が入れば、なおさら気分が変わる。発想が柔軟になり、新しいアイデアも生まれる。もっとも、経験的には居酒屋で生まれたアイデアの八割方は役に立たないが、研究のブレイクスルーになったり、異質な要素の関連を発見したり、大いに役立つことも少なくないのである。だから、行き詰まったときと完成間近なときには、居酒屋が研究室になるわけである。
近所のある店を目指したのだが、あいにく満員。そこで世田谷線に乗って下高井戸へ。ティーケーエスグループの本社ビルを通りかかると、見慣れない看板があるのに気づいた。迷わず、その三階へ。「豊年満作」下高井戸店ということらしい。この業態の店は、昨年鹿児島で入ったことがあるが、こちらでは今月の三日にオープンしたとのこと。魚料理中心だが、肉料理もおく。焼酎の種類が多く、ボトルキープも可能。シーバスを使ったハイボールが五〇〇円というので、これを飲みながら仕事に取りかかる。適度な濃さで、レモンピールの香りがする。この店、ホッピーは55だけで、しかも五〇〇円と高いので、ハイボールが正解。
先日、金沢で遭遇した店長もいて、簡単に挨拶を交わす。チェーン店も大規模になると、料理は工場直送だし、店員もマニュアル通りの応対しかせず、こちらはベルトコンベアに向かって飲食するブロイラーみたいな気分になってくることもある。これくらいの小規模チェーンが、魅力ある店作りをする際の、規模のひとつの限界だろう。(2009.2.9)

世田谷区松原3丁目41-5まるかみビル3F