橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「ベルク」

classingkenji2008-12-02

新宿駅の東口改札を出て、少し右側前方にある「ベルク」というビアレストランが、最近話題になっている。狭いフロアにテーブル席と立ち飲み席があり、朝食の時間から夜遅くまで、人が絶えることがない。飲み物、料理とも、びっくりするくらい安い。なにしろ、量産品としては日本一美味いビール、サッポロのエーデルピルスが専用のピルスナーグラスで四〇九円である。特別に仕入れているハム、ソーセージの類が美味しく、たとえば焼いて小さく切ったベーコンがトッピングされたジャーマンポテトを食べても、その真価が分かる。客の回転は速く、これほど集客力のある店は、なかなか見あたらない。
この店が、存亡の危機に立っている。駅ビルの「ルミネ」から立ち退きを迫られているからである。理由は「ファッションビルに飲食店はいらない」というもので、断ると今度は、自動更新のない賃貸契約を迫られ、最近では「退店しなければ、賃貸料を大幅に値上げする」と通告されているという。常連客を中心に一万人の反対署名も集まったが、ルミネ側は無視している。
何という精神の貧しさだろう。人々がもっとも多く集まり、出会う場所である駅に、楽しく飲食をする場所があるのは当然だ。それが、駅というものだ。ファッション街や高級レストラン街は、駅になければならないというものではないし、ましてや改札の真ん前にある必要はない。ベルクがあるから、新宿経由での通勤を楽しみにしている人々がたくさんいること、それが新宿駅の魅力の一部であることが分からないのか。
都心や地方都市の駅には、ヤミ市起源などで、雑然とした商店街・飲食店街が残っていることが多い。これらの多くが、再開発の時期を迎えている。整然としたファッション街やレストラン街は、一見客や観光客には見栄えがいいかもしれないが、駅が日常生活の一部になっているものにとっては、そうではない。等身大の、家の廊下や食卓、台所の延長のような居心地が、駅にはあっていいはずである。
ちなみに、ベルク店長の書いた本も、かなり話題になっている。増刷を重ね、もう一万部を超えたとのこと。(2008.11.22)

新宿区新宿3-38-1 ルミネエストB1
7:00-23:00 無休
http://www.berg.jp/

新宿駅最後の小さなお店ベルク 個人店が生き残るには? (P-Vine BOOks)

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