橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

ミュンヘン「ホフブロイハウス」

classingkenji2008-09-05

ミュンヘンは、世界最大のビールの聖地。以前から行ってみたいとは思っていたが、今回、ザルツブルク音楽祭への行き帰りに立ち寄ることができた。日本風には「ビアホール」ということになるが、ビアケラーと呼ばれるビール店のなかでいちばん有名なのは、ご存じのホフブロイハウス。ここはナチスの前身のドイツ労働者党が集会を開き、ヒトラーが頭角を現すきっかけになった演説をしたことでも知られる場所。それだけに、靖国神社でビールを飲むような感じで気の進まない部分もあったのだが、やはり行かないわけにもいかないだろう。全フロアとビアガルテン(ビアガーデン)を合わせると5000人近く収容できるとのこと。
この店にはオリジナル、デュンケル、ヴァイスと、ビールが3種類ある。オリジナルはヘレスといわれる普通のラガービールで、見かけは日本のビールに近い。しかし飲んでみると、しっかりした麦のうまみととろりとした甘みがあり、まさに穀物飲料という感じがする。デュンケルもこの点では同じで、さらにカラメルと焦がし麦の香りが加わる。いずれも、1リットルのジョッキで6.9ユーロ(1100円)。ヴァイスは小麦を主原料とした濁ったビールで、日本では一時期「銀河高原ビール」などで知られていたもの。すっきりした味と、バナナやクローブのような香りが特徴で、夏向きのビールとされることが多い。ただし、ミュンヘン名物のヴァイスビールは色がやや濃く、日本の普通のビールよりやや濃いめで、しっかりした甘みがある。こちらは、0.5リットルで3.65ユーロ(600円)。このほかにビールに柑橘類の果汁を混ぜたラドラーといわれる飲み物やワイン、スピリッツなどもある。この店の料理は不味いと聞いていたので、注文しなかった。
1階の入り口正面あたりの席に座ったが、しばらくすると近くで楽団の演奏が始まった。曲は、地元の住民たちにはよく知られたものらしい。客の多くは観光客のようで、ただ聴いて楽しんでいるだけだが、おそらく3分の1くらいいた地元客は、合わせて手拍子を打ったり、机をたたいたり、歌ったりと盛り上がる。そのニュアンスは異なるとしても、愛国的な人々の集う場所であるという点では昔も今も変わらないようである。1リットルのジョッキは、酒の弱い人には少々きついだろうけれど、分厚い硝子製のジョッキで意外に温度が保たれ、しかも甘みの強いビールなので多少ぬるくなっても不味くならない。心配なのはトイレ問題だが、十分な広さがあって待たずに入ることができる。
混んでいる時間帯だと、注文には少々コツがいるようだ。ドイツの飲食店では、店員にそれぞれ担当場所が決まっていて、違うテーブルの担当者を呼んでも注文を受けてくれない。これは、チップを誰が受けとるかということとリンクしていて、厳格に守られるようだ。ましてや、後片付け担当などその他の店員が、注文を受けたり注文に便宜をはかってくれることはない。だから、自分の席の担当が誰かということを把握して、通りかかったときに素早く声をかける必要がある。会計はその都度だが、キャッシュ・オン・デリバリーというわけではなく、酒を持ってきてしばらく後に伝票をもってくるから、その時に支払う。
いろんなフロアとガーデンがあるから、全貌を把握するには数日を要するだろう。ビールは、好みが分かれるかもしれないが、たしかに美味い。巨大な店だけに、座る場所によっては、泡がおおかた消えた状態で運ばれることもあるようだ。しかし、もともとが濃厚な味のビールだから、泡が消えていてもさほど不味くなるわけではない。ミュンヘンの中心部にあって、ほとんどの観光案内に場所が載っている。(2008.8.24)

Hofbrauhaus
Am Platzl 9, Munchen