橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「くいものや楽」経堂本店

classingkenji2008-05-14

今日の多彩な居酒屋チェーンの先駆けとなったのは、この「くいものや楽」だろう。居酒屋チェーンといえば、セントラルキッチンから運ばれたものを、さほど技術もないアルバイトが温め直すか簡単に調理して出す。しかも、どの店へ行ってもインテリアからメニューまで皆同じ。こういう常識を破ったのが、この店を展開する楽コーポレーション。その発祥地であり「本店」を名乗るのが、私の自宅から歩いて五分のこの店である。サラダやおでん、刺身など普通のメニューも一通りあるが、炙りしめ鯖、牛スジ江戸前シチューなどのオリジナル料理が売り物。ビールはヱビスの生(グラスで五一五円)で、日本酒と焼酎、カクテルなどが揃う。ドリンクメニューで今回はじめてみたのは「下町ハイボール」と「横須賀ハイボール」。「下町ハイボール」は、おそらくはホイスをアレンジしたものだろう。「横須賀ハイボール」はデンキブランを使ったとのこと。
民芸風の作りだが、店員はみんな若く、人なつっこい客対応をする。客層も若者が中心だが、中年夫婦や家族連れもいる。写真のような小さな灯りだけが目印で、あまりに目立たないためか、最近は入り口の戸を開けたままにすることが多いようだ。社長は業界の有名人で、あちこちに記事が載っているが、それによると、客単価は「三人分で一万円」をテーマとしていて、客層の六〜七割は女性。各店が独立採算制で、それぞれにオリジナルメニューに力を入れているという。チェーン店に、個人経営の料理店の要素を取り込むということだろう。そして、いいメニューは他の店にも共有するようになっているようだ。この方式が、どの程度の規模にまで適用できるものかわからないが、うまいやり方だ(雇用関係と労働条件がどうなっているか、気になるが)。ただし私から見ると、やはりメニューが若者向けにすぎるところがある。オリジナルはいいとして、もっと伝統的な日本料理や郷土料理の要素が取り込めないものか。高齢社会に向けて、こうした熟年向けの店まで展開するチェーンが現れると面白いのだが。

世田谷区経堂2-19-10 
17:30〜24:30(L.O.23:30) 無休