橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

下北沢「楽味」

classingkenji2008-05-06

この店は、下北沢南口のすぐ近く、三井住友銀行の地下にある割烹料理店。前回来たのは、一昨年の八月だったから、ずいぶんになる。下北沢の南口一帯は、下り坂に沿って若者たちの集まるスポットが密集し、通行人のほとんどが若者という他に例を見ない個性的な盛り場となっている。東西と北側を高台の住宅地に囲まれており、ここから坂を下りたところにあるため、「山の手の下町」と行った立地でもある。だから前の通りは若者たちでごった返しているが、そこから地下へ降りると別世界のような大人の空間。入って右側がカウンターだが、その一部が奥の方に大きく突き出し、テーブルのように向かい合って座るようになっている。左側にはテーブル席。カウンターの向かいには、魚を中心とする品書きが、所狭しと貼られている。刺身、煮物、焼物、椀物など、どれを注文しても美味しい。写真は、竹の子とわらびの煮浸し。品のいい吸い物のような仕上がりである。客の平均年齢は高く、私など若輩者の方だ。自由が丘の「金田」と同様、スーツ姿の男性と、品のいい外出着を着た女性というようなご夫婦が多い。
食事を終えて外に出れば、相変わらず若者たちの群れ。山の手の端っこの谷間に、若者文化と山の手文化が接する町がある。周りを取り囲む山の手が、若者たちを見守っているようにも見える。世代も貧富の差も超えて人が集まる、こんな町こそ、文化の発信地となるにふさわしい。劇場が多いところなど、全盛期の浅草をも連想させる。当時の浅草には商店の小僧さんたちが集まったが、いまでいえばフリーターだろう。
ところがこの下北沢が、再開発の波に揺れている。北口の商店街のいちばん賑やかなあたりをつぶし、バスロータリーを造るとともに最大幅二六メートルの幹線道路を通し、あわせて建築制限を緩和するなどして、商店街の高層化を進めようというのである。多くの住民や市民団体が反対を無視し、東京都と世田谷区は、議会の多数を頼みにこの計画を強行する動きをみせている。警戒しながら、事態を見守っていきたいものだ。(2008.4.16)

世田谷区北沢2-12-11
17:00-24:00 月・第3日休
SAVE THE 下北沢 再開発の見直しを求める市民団体