橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

西荻窪「戎」

classingkenji2008-03-18

前回ここに来たのは昨年の十一月だった。西荻窪駅南口を出て右側へ進めば、すぐに看板がみえてくる。恵比寿、吉祥寺、川崎、横浜などで一四店を展開するチェーン店だが、その発祥の地がここ。前回も書いたが、このあたりは郊外としてはかなり規模の大きいヤミ市があった場所で、当時の「火災保険特殊地図」をみると、「のみや」と記された小さな店が密集している。ヤミ市時代のバラックを何度も改装して今日まで使用しているとのことで、ハモニカ横丁のように明るくはなく、思い出横丁のように観光地化するのでもなく、当時の雰囲気が色濃く残る。
道の両側に隣り合った四軒に分かれているのだが、調理場がそれぞれ分かれていて、野菜料理の注文があると、店員が斜め向かいの店に大声で注文を伝え、かと思えば串焼きの注文があると向こうから注文がやってくる。ヤミ市の飲み屋では、客から注文があると別の店へ行ってやきとりを買ってきて、客に売っていたといい、江戸東京博物館ヤミ市模型にもそんな光景がある。経営はひとつになったが、かたちの上では当時から同じことをやっているのだろう。その意味でも、まさに生きたヤミ市遺跡である。(2008.3.7)

戎 本店
杉並区西荻南3-11-6
16:00-23:00 日休