橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

ニュー新橋ビル

classingkenji2008-03-14

このビルは、一九七〇年頃まで残っていた新橋駅西口のヤミ市起源の大飲食街を再開発して、一九七一年に完成したもの。このため、一九六六年に完成した東口の新橋駅前ビルと同様、内部にヤミ市の香りを色濃く残している。地下の飲食店は、通路が縦横斜めに通る雑然とした飲み屋街である。ヤミ市時代の様子は、一九五〇年の「火災保険特殊地図」に記録されているが、これと比べると、店の数が減り、その分だけ各店のスペースが大きくなっているが、同じ形の敷地の、同じような場所に通路があり、同じように店が並んでいることが分かる。建設の際に土地の権利関係を整理することができなかったため、このビルの所有形態は分譲になっており、このため所有者がそれぞれに店子と契約す。だから、世の中の変化に応じていろいろな店が入り、統一性がない。飲食店が集まる地階にも、マッサージの店やゲームセンターがある。これは他のフロアも同じで、金券ショップがたくさん入っているほか、パチンコ店、雀荘、クリニック、ビデオ店、理髪店に風俗店まで、ありとあらゆる業種の店があって、ともかく雑然としている。鹿島茂はこれを、ヤミ市として出発した新橋西口の地霊が、再開発ビルに取り憑いているのだと評したが、まさにそんな感じ。「ニューニコニコ」という店に寄ってみた。ビール大瓶六三〇円、生ビール大八四〇円、焼きとん三本三九〇円。適度に安くない値段で、周辺に勤めるホワイトカラー中高年男性の聖域。五時少し前から、サラリーマンが集まって飲み始める。このあたりは若いのが来ないから安心して飲める、という人も多いという。(2008.3.5)