橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

東中野「みや」

classingkenji2007-12-22

東中野駅の東口を出たところに、ムーンロードと名付けられた飲食店街がある。ゆるやかに右に曲がっていく細い通りには、色とりどりの灯りや提灯が並び、居酒屋好きなら心惹かれずにはいられないだろう。その中ほどにあるのが、この店。大衆割烹と白抜きに染め抜かれた紺色の暖簾が下がる、昭和のありきたりの居酒屋でだが、この「昭和のありきたり」というのが、最近では少なくなった。もともと二軒の店だったものをつなげたようで、入り口が二つある。店の前の看板に「初めてのお客様へ 当店は大変安い店です 安心してお入りください」と書かれているのが微笑ましい。たしかに、安い。キリンラガーの大瓶が四三〇円、生ビールの大が五三〇円、サワー類は二六〇円、日本酒も二六〇円。ただし、なぜかホッピーセットは四六〇円と高め。料理も三〇〇円前後が多く、刺身と普通の居酒屋料理を中心に豊富なメニューが並ぶ。お通しには小さな甘エビの刺身が五尾出てきたが、これがけっこう美味しい。いんげんのごま和え(四〇〇円)を注文すると、その場で茹でてごま和えにし、熱々が出てきたのには驚いた。料理は、水準をいっているようだ。店内は、きれいとはいえない。柱や天井、壁など、飴色に古びているのだが、何となく汚れた感じがある。しかし、居心地は悪くない。客は、中高年の一人客と、スーツにネクタイ姿のサラリーマンなど。三〇人近く入れそうな店だが、客は七人だけ。隣の四人組は、職場の内情についていろいろ話し込み、しきりに他の派閥の悪口を言っている。カジュアルなセーターを着た白髪の六〇男は、カバーをとった文庫本を読んでいる。新宿の近くで、うらぶれた雰囲気のなかで静かに飲みたいというときには、ここに来ればいい。(2007.12.18)