橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

長野「とくべえ」

classingkenji2007-11-19

長野の夜、二軒目に入ったのはやはり駅の近くの「とくべえ」である。目立たない店構えに、縄のれん。余所者を寄せ付けないような雰囲気を少しばかり感じさせるが、磨りガラスから漏れてくる光に惹きつけられ、思い切って戸を開けてみる。その瞬間、この店は当たりだと直感した。正面から右側に連なる「へ」の字型の変形カウンターは、複雑な木目の古木を使ったもの。白熱電球の暖かい光に照らされて、店内のすべてが飴色に輝いている。左側と奥には、座敷やテーブル席があるようだ。メニューは、どじょう汁(八五〇円)、馬刺し(八〇〇円)、きのこ汁(六五〇円)、もつ煮(五五〇円)、コロッケ(五五〇円)、なす田楽(五〇〇円)など、やはり郷土料理と普通の居酒屋料理が並ぶ。どじょう汁を注文したところ、二〇分ほどして出てきたのは、大きな丼にどじょうが二〇匹は入っていようかという、味噌仕立ての一品。臭みはなく、大変美味しい。この店の料理は何かにつけて量が多いようで、次の日の帰る直前にもう一度立ち寄って注文したモツ煮込みも、普通の三倍はあろうかという量。他の客が頼んでいたコロッケは、目を疑うような大きさだった。ビールはキリンのラガーで、地酒を数種類、焼酎を一〇種類ほど置く。ビールのあとに飲んだ長野市の酒「鶴翼」本醸造生酒は、フルーティな香りのするきれいな酒だった。次から次へとひっきりなしに客がやってる。あきらめて帰る人、なんとか隙間に滑り込む人。盛り上がって大声を発した直後、周りに迷惑なのに気づいて口に指を当て、顔を見合わせて「しーっ」と言い合う若者たち。地元の人々に愛されている居酒屋であることがよく分かる。長野に立ち寄った時の定番になりそうな店。善光寺に近い繁華街の権堂にもう一軒あるらしい。(2007.11.6)