橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「きくや」

classingkenji2007-10-10

連休前の土曜日、もつ焼きが恋しくなって自転車で下高井戸へ。目指すは「きくや」である。今日は近所にある日大の学生たちが店の前にたむろし、座敷は宴会の真っ最中。しかし、カウンターとテーブルのあるフロアには中高年の常連たちが陣取り、落ち着いた雰囲気を保っている。まずはハイボール(二八〇円)、そしてカシラ、タン、ナンコツなど(一本一〇〇円)。天羽乃梅を使ったものよりはやや色が濃いかと思われるハイボールは、相変わらずうまい。もつ焼きにはもちろんのこと、アジのたたき(四〇〇円)にも合う。店の奥の大きなテーブルには、話し込む数人の輪が二つ。グループかと思いきや、一人が勘定を頼み、払うと「お先に」と帰って行く。そこに新しい客がやってきて、「こんにちは」「こんにちは、○○さんは来るの?」などと話している。常連たちの仲のいい店だが、決して排他的ではない。犬のメリーちゃんは、あいかわらずテーブル席の椅子で眠っている。ちょっと足もとの危うい酔客が、店主にからかわれている。「何杯飲んだんだよ」「七杯」「駄目じゃないか、飲み過ぎだよ」「いや、話し相手がいたもんだから」「いたって、六杯までにしとかなきゃ」。他の常連と話し込んで飲み過ぎるというのは、昔常連だった店では、ときどきあった。いい居酒屋の証拠である。原稿の推敲をしながら一時間半ほどを過ごし、メリーちゃんの頭をなでてから外に出る。すっかり秋の空気である。(2007.10.6)