橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「野良犬」の配給ビール

classingkenji2007-06-16

昨日、写真付きで紹介した黒澤作品「野良犬」に出てくる配給ビールだが、『サッポロビール120年史』にラベルの写真が載っていた。一九四〇年、家庭用ビールに配給制が導入され、四二年には、国内のビールメーカー四社と侵略先の海外にあった三社が構成する麦酒協会により、生産・配給の一元的統制がはじまる。さらに四三年になると、酒類業団体法により原材料の入手から製造・販売までが一元的に管理されるようになる。会社、ブランドに関わりなく、各工場の製造したビールは、その地域の配給ルートだけに乗せられ、ビール会社は互いに競争するのをやめるのである。こうなると、銘柄そのものの必要がなくなるわけで、実際、銘柄別のラベルは廃止され、四四年には写真のような「麦酒」という文字だけのラベルとなる。ただし、製造した会社名は小さく記されている。おわかりのように、『野良犬』に出てくるラベルと同じである。残念ながら映画の画面では製造した会社名までは分からないが。この配給制は敗戦後も基本的に継続され、廃止されたのは四九年六月末である。この映画は四九年一〇月一七日に公開されているので、撮影はこの年の夏だろう。したがって、配給制が廃止された直後。志村喬は、六月までの配給で手に入った麦酒を夏まで大切にとっておいたということになる。ちなみに、配給ビールは七五円だった。