橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「野良犬」(黒澤明監督・1949年)

classingkenji2007-06-15

若い刑事・三船敏郎が、バスの中でピストルを盗まれる。そして、そのピストルを使った殺人事件が次々に起こる。三船は責任を感じ、悲壮な面持ちで東京中を探し回る。犯人の木村功は、仕事のない復員兵。粗末なバラックに住んでいて、盗んだ金で踊り子をしている貧しい恋人にドレスを買ってやる。これに対して、郊外の豪邸で妻を殺された男は、どうして家内は「たった五万円の金を盗るために」殺されなければならなかったのかと絶叫する。当時は銀行の初任給が三〇〇〇円だった時代。「たった五万円」というところに、階級差が表現されている。
ある日の捜査のあと、先輩刑事の志村喬は、三船を自宅に連れて行く。「配給のビールがあるのを思い出してね」。ビールは二本。長方形の小さなラベルに「麦酒」と印刷されている。配給のビールというのは、こういうものだったのだ。最初のほうには、三船がスリの岸輝子をしつこく追い回し、佃の居酒屋でビールを飲む岸を、店の前で待ち続ける場面が出てくる。あまりのしつこさに根負けした岸は、三船にヒントを与えるが、これが捜査の出発点になる。ただし、居酒屋の雰囲気はよくはわからない。何よりアメ横ヤミ市やスラム街など、当時の東京の姿をじっくり見ることができるという点で、素晴らしい映像記録である。この時期の東京に関心のある人は必見。

野良犬 [DVD]

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