橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「赤堤」

classingkenji2007-04-19

小田急線経堂駅の南口を出てすぐの雑居ビルの地下には、居酒屋や飲食店が数軒並んでいるが、その中の一軒。店名の「赤堤」とは近くの地名で、豪徳寺から経堂にかけての高級住宅地。駅前の割には寂れた感じのこの地下街のなかでは、いちばん元気な店である。店内に入ると、右側が厨房、その前に六人程度の小さなコの字型カウンターがあり、左側にはテーブルが二つ、さらに小上がりにテーブルが六つ。駅前にしては、比較的大きい店である。
料理は、煮物などの家庭料理と魚介類が中心で、総菜や煮物が三〇〇円から五八〇円、アジ、カツオ、マグロ、カンパチなどの刺身が五〇〇円から七八〇円。ここへ来ると必ず注文するのはバイ貝の酒蒸しで、鉢に三個盛られて四八〇円。ビールはサッポロ黒ラベルで、世田谷の駅前で大瓶が四八〇円と安いのは偉い。日本酒が十数種類あり、一の蔵(四五〇円)、菊姫(六〇〇円)、八海山(本醸造六〇〇円、吟醸六五〇円、純米吟醸七〇〇円)、越の景虎(六〇〇円)など。焼酎も数種類あり、サワー類は三〇〇円と安い。
ここは、いつ来ても東京農大関係者のグループ客がいる。それも、学生から職員、教員とさまざま。フロアを仕切るママは気っぷがよく、しかも一、二度来ただけなのに数ヶ月後に来ても客の顔を覚えているのには感心する。今日も、こちらが忘れていた半年前のボトルがさっと出てきたのには驚いた。世田谷には、こういう個人経営で家庭料理的なものを出し、しかも安い居酒屋というのは少ない。頻繁に行くわけではないが、経堂での生活に欠かせない居酒屋の一つである。(2007.4.17)