橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「和食れすとらん 天狗」志村二丁目店

classingkenji2007-04-02

「天狗」は、私がいちばん好きなチェーン居酒屋である。もっとも、最近ではチェーン居酒屋が多様な進化を遂げているので、現時点ではさほどの魅力はない。しかし、私が居酒屋めぐりを始めた一九八〇年代後半には、他のチェーンを引き離していた。まず酒が旨くて、しかも安かった。旨い地酒というものの存在がようやく知られはじめた頃にあって、ここは司牡丹と新政、それに月の桂のにごり酒を置いていた。中身はワイルドターキーとほぼ同じという八年もののバーボンを使い、これをソーダ割りにして出した。バーボンはソーダで割ると旨いということを、私はこの店で初めて知った。さらに、良質で安価なカリフォルニアワインを、グラスやデキャンタで出した。料理も、悪くなかった。とくに、おろしニンニクソースのサイコロステーキやねぎとろ手巻きなど、何度食べたか分からない。
天狗の創業者は飯田保といい、父親は酒卸問屋・岡永の社長だった。岡永は兄の飯田博が継ぎ、弟の飯田勧はオーケーストアの創業者、同じく弟の飯田亮はセコムの創業者となった。天狗とかつて洋酒業界を支配していたサントリーの間には確執があり、そのあたりの経緯は、穂積忠彦監修のマンガ『飲みづくし酒づくし』で紹介されている。現在では、「旬鮮酒場 天狗」のほか、昼から酒が飲める「和食れすとらん 天狗」、そして二グレードほど上の高級店「くわい家」の三業態を展開しているが、実は「旬鮮酒場」と「和食れすとらん」は、メニューも価格もほとんど変わらない。
現在のメニューでいちばんのお薦めは、ニュージーランド産の生ガキで、十二個二五二〇円、六個だと一二九〇円。タイプとしては、オセアニアによくある三角形のカキよりは日本のカキに近く、味は中間。クリーミーで実に美味しく、一五〇ml入ったグラスで三八〇円、ボトルで一八八〇円のシャブリによく合う。その他、フライや焼きガキで食べることもできる。モノがモノだけに、チェーン居酒屋らしからぬお会計となるが、それだけの価値はある。
この志村二丁目店は、板橋に住んでいた頃よく来た店。志村坂上駅から商店街を通って志村城址熊野神社へ向かう途中にある。以前からファミレス状態だが、今日は年度末の土曜日の昼間だけあって、少々極端。大騒ぎして走り回る子どもを含む親子四組、奥様約三〇人の団体、中高齢夫婦など。若い客は、二〇代カップルが二組いるだけ。
今でも、近所に「天狗」があればいいのにと思うことがある。少し飲んで食べるだけなら一〇〇〇円で済むし、ランチに生ビールという使い方もできる。ビールはメインがサッポロ黒ラベルで、ビアブラウンと称するカッパー色のラガービールも出す。なお、天狗銀座コリドー街店はアンテナショップ的位置づけのようで、料理も酒も種類が多く、新メニューを出すこともあるので、時々チェックすることにしている。(2007.3.31)