橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「まるます家」

classingkenji2007-04-01

今日は、王子の飛鳥山公園へ花見に行く。飛鳥山は、八代将軍吉宗が桜を植えさせたところから始まる、古い花見の名所。当時から上野の山も花見の名所だったが、ここは江戸の鬼門を守る寛永寺の境内だけに、酒と歌舞音曲が禁止されていた。このため、飲めや歌えの花見は飛鳥山と相場が決まっていたようである。現在では、上野公園ほど混雑しない、比較的落ち着いた花見場所といえるが、飲めや歌えの伝統は今も残り、桜の咲き乱れる山から石段を下りたところの広場には露店が建ち並び、ステージではエイサー祭やコスプレ・パフォーマンス大会も開かれる。最近はコスプレ関係が多いようだが、以前は大衆演芸的な仮装大会だったというから、江戸時代からの伝統なのかもしれない。露店は近くの商店街がやっているもので、缶ビール二二〇円、枝豆一〇〇円など、価格は極めて良心的。乱痴気騒ぎの上野公園に嫌気がさしたら、こちらへ行くことをお薦めする。飛鳥山の麓、JR線との間には、闇市の面影を残す「さくら新道」という飲み屋街がある。表側は居酒屋だが、裏に回ると何十年も前から変わらない生活の臭いがする。
花見の後は、JRで二駅の赤羽へ行き、「まるます家」に入る。カウンターは一杯だったが、二人なのでテーブル席に通された。壁を見渡すと、メニューの短冊が新しくなり、鯉の洗いが四〇〇円になるなど、ものによっては多少値上がりしたようだ。それでも、安いことに変わりはない。洗いと一〇〇〇円のうなぎ蒲焼きを取り、サッポロラガーを飲む。土曜日だからほとんどの客はカジュアル姿で、しかもいつもと違って地元の夫婦か親子らしい二〇代から六〇代の男女二人客が多い。店のこちら側にいた一九人の客のうち、このような客が六組で、男性の一人客が七人。ちょっとおしゃれな服装をしたカップルもいて、この店も「斎藤酒場」のように居酒屋好きが遠方から週末に訪れるようになってきたようだ。店のおばちゃんたちが大声で注文を反復する様子に妻は少々驚いたようで、すごく活気があるねといっていた。ふだんは気にしていないのだが、そう言われてみればそうだ。東京の居酒屋文化の、一つの極がここにある。(2007.3.31)