橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

下北沢「宿場」

classingkenji2007-03-08

今日は下北沢へ。南口を出て、店を物色しながら歩くと、若者向けのカジュアルものばかりを揃えた古着屋が店開きする通路の奥に、飴色に輝く大きな提灯が。気になって入ってみたのが、この店である。客はほとんどが若者たちで、私はどうやら最年長のようだ。L字型のカウンターが一〇席ほどと、四人掛けから八人掛けほどのテーブルが一〇卓ほど。内装は、ごく普通の和風居酒屋だが、ステンドグラス調のライトがいくつも下がっているところが、少し若者向けの感じ。
なにしろ、安い。サッポロ黒ラベルヱビスの中瓶がともに四五〇円。同じ値段というところがすごい。田酒、一の蔵、住吉、大七十四代、久保田、八海山、菊姫天狗舞黒龍酔鯨・・・・と、日本酒は四〇種類ほど。そのうち半分ほどは五〇〇円で、菊姫天狗舞の山廃純米がともに六〇〇円、満寿泉の大吟醸が七〇〇円で、高いものでも久保田萬寿の一三〇〇円止まり。石川の手取川吟醸(六五〇円)を注文したが、皿の上にグラスを載せ、たっぷりこぼすスタイルでほぼ正一合。若者たちはたいがいサワー類を飲んでいるし、これだけ種類が多いのでは、開けてからある程度時間が経過してしまうのはやむを得ないところだが、もちろん冷蔵されていてさほどの劣化は感じない。焼酎も、一〇種類ほど揃える。サワー類は、ビール・日本酒との比較ではちょっと高めの三五〇円。さらに輪をかけて安いのは料理類。刺身三点盛七五〇円というのを注文したら、何と大きな皿にトリ貝イカ、赤貝、ホタテ、スズキ、鮪、タコ、カンパチと八点が、それぞれ二−三切れずつ盛られて出てきた。二五〇円均一メニューというのもあり、エンガワ、鰻肝焼き、コハダ、タコ吸盤唐揚げ、カキフライ、セリおひたしなどが並ぶ。海老カツ四五〇円は、ぶつ切りの海老をハンバーグ状に固め衣をつけて揚げたもので、直径約五センチの円筒形のものが二つ、それぞれ斜めに切って四切れになって出てくる。すり身の中に海老が少々、といった冷凍食品を予想していたが、うれしい誤算。セリのおひたしは、薄味の出汁でひたしたちゃんとした一品。
若者たちは、全員がカジュアル姿だが、最大の特徴は長髪の男性が多いこと。星条旗のようなトレーナーを着て、髪の毛をトサカのように立てた若者は、黒で固めた女の子と楽しそうに飲んでいる。背中の真ん中あたりまで届く髪を無造作に束ねた二人組は、この店にしては少々年長だが、何年下北に通っているのか。同じように長髪の三人組は、バンド関係者なのか音楽の話をしている。女の子二人連れが三組ほどいるが、こちらは少しおしゃれな普通の服装。一歳くらいの女の子を連れた白人女性と日本人男性のカップルも。店員はみんな若い男性で、ねじり鉢巻きをした料理人らしい二人と、客と同じように長髪の三人。長髪の三人は、腕や足首にタトゥーをしている。もともとは、客として来ていたのかもしれない。隣のテーブルの女の子は、私と同じ刺身三点盛りを前にして、これは赤貝だとか、これは何だっけとか話している。料理をちゃんと選んで注文している。こんな美味しい料理を安く食べられる店があると、若者も和食の味を覚えるだろう。ちょっと応援したくなる店である。(2007.3.7)