橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

ゴールデン街

classingkenji2007-02-28

敗戦のわずか五日後の一九四五年八月二〇日、関東尾津組親分の尾津喜之助は「光は新宿より」をキャッチフレーズに新宿マーケットを開いた。場所は新宿東口、三越と駅の間の大通り沿いである。これに先立って八月一八日には、商品を買い取る旨の広告が都内の主要紙に掲載され、都内・近県の中小企業主たちが敗戦で納入先を失った製品を持って尾津組の事務所に押し寄せてきていた。その間にも焼け跡の瓦礫が急ピッチで片付けられ、よしず張りの店が作られていた。これが、新宿ヤミ市の始まりである。はじめは各種の雑貨が中心だったが、駅前の一帯はほどなく「竜宮マート」と呼ばれる飲み屋街になる。しかし一九四九年八月、GHQは翌年三月までに露店を整理するよう指示した。これを受けて東京都・警視庁・消防庁は露店の整理に乗り出し、反対運動を押し切って撤去・移転を進める。こうして竜宮マートの飲み屋が移転して形成されたのが、現在のゴールデン街である。
ヤミ市起源の飲み屋街には、斜陽化して再開発の対象になるところが少なくないが、ここは依然として元気だ。世代交代も進み、若い人が経営する店も多くなった。それぞれの店が、音楽、演劇、映画、出版、文学、政治など独特のカラーを持ち、その筋の人々を引き寄せていることも多い。この独自の文化が、長続きの理由だろう。この日訪れたのは、社会運動系と目される「J」という店。実はこの店を経営する若き活動家に会いたくて行ったのだが、あいにく留守。メインの酒は、バーボン。ボトルを入れたので、また行ってみよう。(2007.2.27)