橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

消えたひかり町通

classingkenji2007-02-23

池袋東口にあったヤミ市酒場の移転先の中で、いちばん駅から近いのが、ひかり町通である。行ったことはなくても、サンシャイン60階通りの左側、居酒屋のマスターやママの似顔絵が描かれたゲートをくぐって入っていく細い路地だといえば、「ああ、あれか」と思いあたる人もいるだろう。一見客には入りにくい雰囲気だが、駅から近いこともあり、マスコミにもときどき取り上げられた。今日はヤミ市の模型も見たことだし行ってみるかと、60階通りと反対側、清瀧酒蔵の方から近づくと、不吉なビニールシートで覆われた一角がみえる。居酒屋街はなくなっていた。まだ取り壊しの最中ということか、廃材が山積みになっている。バブル時代をも生き延びたヤミ市の名残が、またひとつ消えてしまった。
池袋は副都心といっても、開発が進んで赤坂や六本木などと一続きの都心地域を形成してきた新宿や渋谷とは違い、やや取り残された部分がある。西武池袋線東武東上線埼京線のターミナルということもあり、埼玉から東京に通う人の多くがここを通る。その社会的機能からみれば、埼玉最大の繁華街といえないこともない。それだけに、古い繁華街の雰囲気を色濃く残した部分がある。小林信彦にいわせれば「〈闇市性〉がしみこんで、抜けない」(『私説東京繁昌記』より)のである。しかし、ここにも時代の波は押し寄せる。新宿ゴールデン街のような居酒屋街だった百軒店が消えたのは、一九八五年のこと。他の小路は、駅から遠いだけにまだしばらくは生き残るのではないかと思うのだが。(2007.2.21)