橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

武生「大江戸」「平ちゃん」

classingkenji2006-12-04

越前市男女共同参画センター「あんだんて」から講演を頼まれ、授業が終わったあと新幹線と北陸線の特急を乗り継いで武生へ。越前市武生市今立町が合併してできた新しい市である。夜九時ごろ駅に降り立つと、なんと担当の職員の方が出迎えてくれた。ホテルの場所と明日の予定を聞き、そして飲食店街の場所を教えてもらう。
部屋に荷物を置くと、まずは急ぎ足で駅の正面にある寿司屋「大江戸」へ。あらかじめネットで調べておいたのである。かなり大きい店で、一階はテーブル席の割烹、二階がカウンター中心の寿司屋となっている。もちろん私は二階へ。まずは地元の酒、「関西」を燗で注文する。辛口のなかにもこくがあり、いかにも福井の酒である。付き出しに出てきたのは、この店の名物だという海老味噌。海老の味噌を丹念に集めて小鉢に盛り、木の芽が載せてある。これは燗酒には最高の肴だ。メニューに「がまえび」というのがあるので聞いてみると、石川県で「がすえび」と呼んでいるものと同じだという。これはつまみでいただくことにする。黒い平皿に盛られてきたのは、剥いた「がまえび」が六本、そして脇役を務める甘海老が三本。食べ比べができるようにという配慮だろう。甘海老に比べると、やや繊維が堅く、甘みが強い。金沢で食べる「がすえび」と同じ味である。次に同じく福井の地酒「一本義」の純米酒をもらい、握りを少しいただくことにする。歯ごたえがあり、味が濃い真鯛。わずかに締めてはあるものの、ほとんど生に近い鯖。そして、石川や富山に比べると脂がやや少なく、身が赤っぽい鰤。いずれも、たいへん美味しかった。一〇時閉店とのことなので、これで失礼することにする。寿司はいずれも二貫ずつで、最後には白子の味噌汁がサービスで出てきた。これで、なんと三三五〇円。もっとゆっくり楽しみたかったところだが、今回はしかたがない。
飲食店のある界隈をぶらぶらしながら、次の店を探す。見つけたのが、居酒屋「平ちゃん」。暖簾をくぐって店内に入ると、右側にカウンター八席、左側に二人がけのテーブルが二つ。奥には座敷があり、グループ客が談笑しているのが聞こえる。メニューを見ると、がまえびをはじめとする地元の魚介類を使った料理、普通の居酒屋料理とともに、中華料理のメニューが並ぶ。あとで聞いたところでは、店主はもともと中華の料理人だったのが、この店に婿入りしたのだとのこと。「珍味 ぶり玉」というのが目についたので聞いてみると、ぶりを使ったユッケだとのこと。ビール(麒麟とアサヒがある)を飲みながら暫く待つと、出てきたのは、五ミリ角くらいに刻まれたブリの身に卵の黄身を載せ、細く刻んだキャベツと海苔、そしてネギがかぶせられた一品。これをかき混ぜると、意外なほど調和のとれた味で、ビールに合う。次に注文したのは、吟醸生原酒「三田村」。これは今立町の地酒とのことで、香りが素晴らしい。原酒だけにアルコール分は一七%以上と高いのだが、まろやかな味わいである。飲むうちに、すっかり店主夫婦とうち解けてしまい、いろいろ話をさせていただく。店主は若い頃、トラック運転手をしていて、何と板橋に住んでいたとのこと。いろいろ昔話やら、店に有名歌手が来たときの話などを聞いているうちに、だいぶ酔いが回ってきたので、明日は仕事だからと失礼することにする。帰りには、地酒の小瓶を二本もお土産にいただいてしまった。気さくな居酒屋ながら、味は本物。こんな店を見つけることこそ、旅の最大の喜びである。武生は京都からも金沢からも一時間前後。古い街で寺が多く、菊人形でも知られ、武生国際音楽祭なども行われる文化の町。名物の蕎麦も美味しい。今度はゆっくり時間をとって来たいものである。(2006.12.1訪問)