橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

ソウルで飲む

classingkenji2006-11-27

韓国社会政策学会の国際シンポジウムに出席するため、ソウルへ行ってきた。初めての訪問である。
一一月二二日に羽田を発ち、その日は梨泰院のホテルに泊まる。ここは米国キャンプのある場所で、輸入雑貨の店が多く、通行人にも米国人らしい若者が目立つ。繁華街を二往復したが、初めてだけに、どうしても日本語のメニューが外に出ている店じゃないと入りにくい。迷った末に入ったのは、「アルムソ」という店。決め手になったのは、店員が店先にある水槽から生きた蛸を捕まえていく姿を目撃したことである。
生きた蛸をぶつ切りにして、ごま油と塩のたれで食べるこの料理、以前から私のもっとも食べてみたい料理の一つだった。店に入るとすぐに、「蛸の刺身とビール」と注文。二五〇〇〇ウォン(W)だから安くはないが、迷う余地はない。注文とともにキムチとナムルの皿が四つも出てきたのには驚いたが、こうして総菜の類をサービスで出すのが韓国の飲食店の特徴らしい。さて、目当ての蛸がやってきた。三センチ程度に切られた蛸の足は意外におとなしく、かろうじて動いているのが分かる程度だが、つけだれの小皿に入れると、盛んにのたうち回る。口に入れると、歯ごたえが強く、予想以上に淡泊な味わい。さらにユッケとマッコリを注文。ユッケには千切りの梨が添えられ、たいへん美味しい。しかし、三〇〇〇〇Wは高すぎる。ただしこの二つはいずれも高級料理で、他の店でもそう安くは食べられないようだ。マッコリはグラスで出てくるかと思いきや、五〇〇ミリリットルくらいの瓶の中身をそのまま器に放り込んで出てきた。これは一〇〇〇〇W。ビールは五〇〇〇W。ビールは二本飲んだので、合計七五〇〇〇W、日本円で九六〇〇円ほどの勘定となった。ビールはOBだったが、やはり私には味が薄すぎる。
翌日はソウル市中心部にある最大の見所、景福宮と昌徳宮を見たあと、シンポジウムの打ち合わせで南大門近くの食堂へ。「珍小介」というこの店は、見かけは大衆食堂のようだが、本格的な料理を出す韓国側のお勧めの店らしい。ここでまず韓国社会政策学会会長のあいさつを聞き、乾杯。酒はまずビール、そして最近急速に広まってきたという新しい酒「百歳酒」を飲む。これは、米と高麗人参、ナツメやサンザシなどの実や薬草類を発酵させたアルコール分一四%の酒で、飲むと果実酒のような甘みと酸味の中に、ほのかな人参の香り。これが韓国料理と抜群に相性がいい。日本でも売っているので、試してみることをお勧めする。ただし、必ず冷やして飲むようにとのこと。ぬるいと人参の香りが突出しそうだ。料理はプルコギ、カルビチムなど。いずれも美味しかった。この日からは、韓国側が用意したコリアナホテルに泊まる。
二三日のシンポジウムは、何かの学会大会と重なったとのことで参加者は五〇人ほどと少なかったが、なかなか充実した内容だった。私は日本の階級構造と教育機会の不平等について報告したが、反応はなかなかよかった。またお呼びがかかるかもしれない。シンポジウムのあとは、「長安参鶏湯」(ただし字は旧字体)というサムゲタンの名店へ。まずは砂肝の和え物とキムチなどが出てきたあと、まずは鶏の唐揚げ。からりと揚がった、ふんわり軽い味わいは、これまで食べたフライドチキンのどれとも違う。そして、サムゲタン。本格的なものを食べたのは、初めてだと思う。あっさりしているが複雑な味わい。これは、クセになりそうだ。
二四日は明洞へ。デパートでカキとホヤのキムチ、コチュジャンなどを買ったあと、「明洞咸興麺屋」へ。ここではエイの刺身と骨付きカルビを食べる。エイの刺身は、キュウリとともに薬念につけ込んだもので、臭みはなく、身の甘さと薬念が見事にマッチしている。骨付きカルビは美味しかったが、やはり私は、店の人が焼いてはさみで切るところまでやってくれるより、焼き加減を自分で決められる方が好きだな。料理に先立って出てきた総菜に、ワタリガニの薬念漬けが入っていたのがうれしい。満足したところで、金浦空港へ。
搭乗手続きが二時半、羽田着が六時半、八時前には自宅に着いた。こんなに近く、簡単に行ける隣国に、どうしてこれまで行かなかったのだろうか。これからは、たとえば札幌や福岡へ行くのと同じ感覚で、ちょくちょく出かけてみたいものだ。