橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「谷野旅館」

classingkenji2006-11-20

法事で、実家へ行ってきた。仕事の都合でわずか一泊二日、滞在時間は二四時間にも満たない忙しい旅だったが、こんなことができるようになったのも、能登空港のおかげである。税金の無駄との批判は多く、実際に採算が合っているとは思えない。なにしろ、定期便は羽田−能登間が二往復あるだけ。一六六人乗りのエアバスA320を使っているので、たとえ満員になったとしても乗降客はわずか六六〇人ほど。平均運賃が正規と格安の中間の一五〇〇〇円とすると、一日の運賃収入は一〇〇〇万円にも満たない。ほかにソウルや台湾からのチャーター便なども来ているようだが、さほどの数ではなかろう。まあ、地元出身者としては空港があるのは助かるが。
さて、法事は無事終わり、近所の旅館で会食。会場は、実家の近くの谷野旅館である。実家のある珠洲市飯田町は、かつては輪島に次ぐ奥能登の観光拠点としてそれなりの賑わいをみせ、旅館も多かったが、今や残ったのはこの谷野旅館だけとのこと。残っただけあって、料理の内容が良く、また若女将を中心にサービスがちゃんとしている。
刺身の盛り合わせには、地の天然ものと思われるブリ、甘海老、バイ貝、黒鯛、蛸などが盛り込まれ、いずれも確かな味。旬を迎えた香箱蟹は、丹念に身をほぐして、甲羅に盛ってあるのがうれしい。ノドグロの塩焼きは、ちょっと塩が強かったが、冷めてから食べる羽目になることを考えると、これも悪くない。炊き合わせは意外なことに牛肉入りだったが、魚に飽きた舌にはこれもうれしい。その他、陶板焼き、天ぷら、蟹入り茶碗蒸しなど。最後は、蟹釜飯と岩海苔入りの味噌汁。デザートには、果汁のしたたる甘みの強いメロンが出た。法事のあとの会食が退屈にならずに快適に過ごせたのは、この料理のおかげである。酒の銘柄は聞きそびれたが、おそらくは地元の「宗玄」だろう。
こちらは半ば招かれた側なので、料金は分からないが、この旅館は一泊八四〇〇円〜一五七五〇円とのことなので、夕食の最高料金と考えると八〇〇〇円くらいだろうか。珠洲市で唯一商店街があり、都市的景観を持つといわれたこの町も、最近では過疎化が進み、町ごとシャッター通りのような様相を呈している。この旅館が閉館するようでは、この町も終わりだと思う。なんとか踏みとどまってほしいものである。(2006.11.19訪問)