橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「ポパイ」

すみだトリフォニーホールでコンサートを聴いたあと、JRで一駅の両国へ。駅から歩いて二分の所にある「ポパイ」は、各地の地ビールを樽生の状態で四〇種類も揃えるという、日本の地ビールの聖地とでもいうべき場所である。店主の青木さんは地ビール界では押しも押されぬ有名人だが、店では実に楽しそうにタップからビールを注いでいらっしゃる。若いスタッフも熱心で、ビールについての知識もあり、料理もビールに材料をつけ込んだり、ビールで煮込んだりと工夫されていて美味しい。ここへ来たら、まずお勧めの地ビールが三種類セットになった「サンプラーセット」を注文することだ。大手の画一的なビールからは想像もつかない、広大な地ビールの世界の片鱗を知ることができるだろう。もっと知りたかったら、一〇種類セットの「テンプラーセット」もある。単品なら、軽井沢の「よなよなエール」をお勧めする。地ビールのなかではもっとも知られたもののひとつで、大きい酒屋なら売っているが、ここで出すのは別物。樽のなかで発酵して炭酸を少しだけ含んだ、リアルエールと呼ばれるタイプのもので、温度は常温よりやや冷たい程度。ビールの概念が変わるだろう。
天候不順のせいか、今日は客が少なかった。とはいえ、タップを向こうにしたカウンターは、二〇−三〇代のビール愛好者で満員。皆さんカジュアル系またはおしゃれ系の服装で、一人または二人組。テーブル席はわれわれを含めて五組で、スーツにネクタイ姿の三〇代男二人組以外は、やはりカジュアル系。サラリーマンが仕事帰りに一杯というよりは、ビール愛好者があちこちから集ってくる店である。この店へ行けば、日本の地ビールがわかる。そしてこの店に、若い愛好家たちが多数集っているところを見ると、日本にも確実に豊かなビール文化が育ってきているとみてよさそうだ。
ただしこの店、大型スクリーンがあって、サッカーの大きな試合のあるときはスポーツバーのような雰囲気になる。集まった若者たちは、地ビールではなく普通のビールやカクテルを片手に日本チームを応援。そんな日は、避けた方が無難だろう。(2006.10.4訪問)