橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「おふろ」

下高井戸は、もともと甲州街道の最初の宿場町だった。日本橋からの距離がやや遠かったことから、後に内藤新宿が作られて二番目の宿場町となったが、その面影は下高井戸商店街とその周辺の賑わいにみることができる。私の家からは徒歩二〇分ほどで、自転車で飲みに行くにはちょうどいい。狭いけれど活気のある市場、古い居酒屋や立ち飲み屋もあり、下町情緒のようなものを味わうことができる。この地にちょっと似合わない、モダンで品のいい店が「おふろ」である。
いい素材を使った創作料理もいいが、特筆すべきは酒の品揃えである。10万円を超えるヴィンテージものまで揃えたワイン、「醸し人九平次」「東洋美人」など筋のいい日本酒、そしてレアものを揃えた焼酎など、どれもいい。一度、何かの記念日に高いワインでも、と思っているのだが、なかなか機会がない。十五年ものの泡盛古酒(グラスで一五〇〇円)を飲みながら、観察開始。とはいっても狭い店なのですぐ終わってしまう。時は日曜日の夜九時ごろである。
客の中心は、おそらく近くか沿線の一戸建て住宅地に親と一緒に住む、二十代の裕福そうな若者たち。女性二人が二組と、カップルが一組。場所が違うとはいえ、麻布か青山あたりの同じような雰囲気の店と、客層は近いものと思われる。そのほかには、三〇−四〇代の男性二人と女性一人のグループがいた。
下高井戸には、評判の良いケーキ屋やレストランもある。駅周辺はごみごみしていて木賃アパートなども多いが、少し歩けば高級住宅地になる。下町と山の手が共存したような趣があるという点では、経堂とも似たところがある。次の機会には、まったく別のタイプの店を紹介したい。(2006.7.23訪問)