橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

代々木上原「笹吟」

今日行くのは、代々木上原の「笹吟」。太田和彦によると、多彩で上質の料理とともに数々の名酒を楽しむことができる、居酒屋のニューウェーブを代表する名店とのこと。場所柄もあり、私がふだん好んで通う大衆居酒屋とは一線を画する。一人ではなんだか入りにくいので、妻を伴って出かけた。
店内はかなり広く、白木のカウンターに一〇席ほど、そのほかにテーブル席と小上がりがあわせて八卓ほどあっただろうか。メニューは豊富で、伝統的な日本料理と創作料理が共存する。日本酒の品揃えも、有名無名取り混ぜて、こだわりを見せる。カウンターに座り、観察開始。店の奥の小上がりは見えないので、カウンターとテーブル席に限定すると、客は十一組、十九人である。
さすが代々木上原、客層が違う。三組までがおそらく近くのお屋敷に住んでいると思われる中高年夫婦で、これに母・息子と思われる一組、裕福そうな奥様二人組を加えると、下町の大衆居酒屋には絶対みられない客が一〇人と過半数を占めている。残りのうち六人は、ビジネススーツではないがきちんとした身なりの男性一人客、または二人組で、下町大衆居酒屋にもいそうなのは、スーツにネクタイの中年男三人組だけである。
もっとも代々木上原にも大衆居酒屋がないわけではない。仕事で遅れた妻を待つ間、しばらく過ごした居酒屋など、普通の居酒屋料理ともつ焼きの店で、生ビール二百円サービスをやっていた。残念ながら開店直後で、観察するほど客がいなかったが、明らかに客層が違うことはわかった。次の機会には、ゆっくり時間をとって、もう一度入ってみることにしよう。(2006.7.3訪問)