橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

斎藤酒場

だいぶ酔いが回ってきたが、ここまで来たら十条の斎藤酒場にも行かないわけにいくまい。というわけで、赤羽からJR線で一駅目の十条で降り、斎藤酒場へ。この店もいまや、東京を代表する居酒屋の一つとしてすっかり有名になった。創業は昭和三年で、店内には年代物のポスター、酒銘の額などが飾られる。古木を切り出したいろんな形の黒光りするテーブルが並び、一つのテーブルに四人から八人くらいがかけられる。変形カウンターの感覚で、一人客も気軽に入れる店である。いちばん奥の、店内が見渡せる席に座り、観察開始。時刻はすでに、9時半。この店に入る時間としてはかなり遅い方である。
客は全部で17組、30人。うち男性が26人と大多数を占めるが、比較的若いカップルが4組いるなど、女性の入りにくい店という感じがしないのが、この店のいいところだろう。逆に言えば、都内有数の有名店だけにデートスポットのような使われ方もしているのだが、だからといって古い大衆居酒屋としての雰囲気が崩れない懐の深さがある。それというのも、優しくて気が利く女性店員が3人でフロアを見守っているおかげだろう。男性のうち、スーツ姿は11人と比較的少ない。しかしカジュアル系の残り15人も、いかにも地元のおじさんたちといったグループだけでなく、きちんとしたドレスシャツ姿やアーチスト風などがいて、幅が広い。その意味では、下町的であるだけではなく、ふだんは都心でばかり飲んでいる下町初心者にも、なじみやすい都会的な性格がある。
下町の大衆居酒屋の典型でありながら、幅広い層を引きつけるこの店は、大衆居酒屋のこれからにとって、明るい材料を提示しているように思える。(2006.6.23訪問)