橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

酒の本

三浦展『スカイツリー東京下町散歩』

東京スカイツリーの開業を控えて、下町ガイド本の出版が相次いでいる。本書もその一冊だが、ただのガイド本ではない。著者の東京研究の成果が詰め込まれた東京論・下町論である。 著者は「第四山の手」論でも知られるが、本書では「第四下町論」を展開してい…

新著近刊

一二月五日に新著が発売されます。題して「階級都市」。東京を主要な対象とした都市論の本ですが、とくに本ブログの読者の皆さんに読んでほしいのは、第5章。港区、板橋区・練馬区、文京区、世田谷区、足立区をとりあげ、実地で歩いて格差拡大がもたらした…

下田淳『居酒屋の世界史』

こういう本を、誰か書かないかと思っていた。著者は、ドイツの民衆文化史が専門らしいが、その範囲を超え、古代史からイスラム史、中国史、日本史まで文献を渉猟し、居酒屋に関する記述を丹念に拾い上げ、まとめたのが本書。 酒の歴史は人類が文明を獲得する…

『美味しんぼ』106・107巻

今回は、『偉大なる名人・名店』シリーズを収めた二巻が同時発売。グルメガイド的要素の強い巻だから、まとめて出すというのは、マーケティング的には正しいやり方なのだろう。実在の名人・名店に取材し、これをストーリーに昇華させるのではなくそのまま盛…

『おとなの週末』2011年9月号

今回の特集は『各界達人が選ぶ私の大満足店』。逢坂剛の「とんかつ」、福澤朗の「和菓子」、ラズウェル細木の「うなぎ」と並んで、私が「居酒屋」を紹介しています。 情報を伝え、何軒かはいっしょに下見した三〇店ほどの中から編集部が選んだのは、「萬屋松…

にろく・小関敦之・浜田信郎・藤原法仁『東京駅近居酒屋名店探訪』

山手線には駅が二九あるが、まだ飲みに行ったことのない駅が二、三ある。いつか全駅制覇してみたいと思っていたら、ちょうど良い本が出た。本書は、山手線の駅から近い居酒屋を各駅一−二軒、合計三三軒、これに下町とそれ以外の駅に近い居酒屋を二一軒、合計…

『嗜み』No.11

最新号が出ました。私の「全国居酒屋ほろ酔い考現学」は、都内・岩手宮城福島郷土料理篇。都内にある東北居酒屋を紹介します。取り上げたのは、「岩手屋」「南部家」「千真野」「間」「身知らず」「樽一」「さばの湯」の七軒。書店ではあまり見かけない雑誌…

浜田信郎(監修)『さかなマニア』

居酒屋ブログ界のエース、浜田さんの新著。「監修」とあるように、すべてを浜田さんがまとめた訳ではなく、四人のライターが取材した本だが、文体をうまく真似て書かれているので、あたかも浜田さんの著書のようなテイストを感じさせる。 掲載されているのは…

池内紀『今夜もひとり居酒屋』

ドイツ文学者にして街歩きの達人・池内紀センセイの新著。『中央公論』に連載されていったエッセイの単行本化だが、連載時のタイトルは「居酒屋の哲学」だったらしい。哲学らしいところはたしかにあって、そのメインは居酒屋、または居酒屋の個々のアイテム…

『東京レトロ酒場』

ミリオン出版のムック。「レトロ」というところに焦点を合わせて、たんねんに店を集めている。広く知られた名店を網羅した上で、記事から見る限りこれらと遜色ないと思われる、あまり知られていない店をいくつも紹介しているのは立派。ちゃんと取材すれば、…

高橋渡『東京シネマ酒場』

著者は、二〇〇七年まで恵比寿ガーデンシネマの支配人を務めていた人物。映画人である。だから居酒屋ガイド本でありながら、映画史の本でもある。冒頭に置かれたのは、新橋の「ダイヤ菊」。小津安二郎の愛した酒の名を冠し、蔵元から取り寄せる店である。そ…

石原たきび編『ますます酔って記憶をなくします』

以前紹介した『酔って記憶をなくします』の続編。mixiのコミュでの投稿から傑作を集めたものだから、第二集となるとややインパクトが弱くなるのは、仕方のないところだろう。とはいえ、今回も抱腹絶倒のエピソードが満載。朝になってバッグを開けたら、生き…

森まゆみ『望郷酒場を行く』

雑誌『東京人』に連載されていたもので、東京にある郷土料理店を、東京料理も含めて四七都道府県全部探して制覇するという、とんでもない企画。さすがに無理があったようで、奈良は名酒「春鹿」を出す店、埼玉は同じく「神亀」を出す店、栃木は栃木出身者が…

『嗜み』第10号

明日19日に最新号が発売されます。連載している『全国居酒屋ほろ酔い考現学』は、岡山・倉敷篇。岡山市の「美魚味」「成田家本店」「下津井港」「さかばやし」「吉備土手下麦酒」、倉敷の「新粋」「しんすけ」の七軒を紹介しています。 他の記事の主だったと…

『古典酒場』第10号

第10号が出ました。内容はますます充実。今回は横丁特集で、藤木TDCさんが実にいい味を出しています。ブロガー座談会は、私も参加する予定だったのですが、震災のごたごたで参加できず、居酒屋リストのみの参加となっています。古典酒場 Vol.10 達人に学ぶ横…

石原たきび「酔って記憶をなくします」

深酒すると、ときどき記憶をなくす。後から考えて、仕事の話をしたような気もするが、どんな話だったか。何を頼まれたのか。いろいろ暴言を口にしたような気もするが、何を言ったのか。たいがいの場合は、たわいのない話しかしていないのだが、二日酔の気弱…

「卯波」と鈴木真砂女

川本三郎の新著を読んでいて、銀座の居酒屋「卯波」のことを思い出した。かつて銀座一丁目の細い路地にあった居酒屋で、俳人の鈴木真砂女さんが営んでいた。九〇歳を超えるまで店に立ち続けていたはずである。和風シュウマイと鰯の叩き揚げが名物で、客には…

『週刊現代』ここぞ男の冬酒場

『週刊現代』二月五日号の巻末グラビアに登場しています。紹介するのは、東武練馬の「春日」、牛込柳町の「つず久」、八重洲の「ふくべ」など。ご笑覧ください。

『嗜み』9号

最新号が出ました。連載中の「全国居酒屋ほろ酔い考現学」は、大分編。「遇の店 椿屋」「赤ダルマ」「こつこつ庵」「居酒亭時」「都町屋台街」などを紹介しています。 他の記事では、諸田玲子さんが訪問する讃岐の山あいのフレンチレストラン、藤沢周平の故…

『めしとも』2011年1月号

引き続き雑誌の紹介を。グルメ系の中でも、B級色の強い雑誌だが、今回の特集は「底なし!グルメ街ランキング」。東京のいくつかの街を取り上げて、ベスト20、ベスト10などを紹介するという企画だが、街の選定がユニーク。冒頭に持ってきたのは新橋だが、次…

『東京人』2011年1月号

特集は「東の横丁 うまい店」。もちろん、スカイツリーを意識した特集で、記事は押上から始まる。取材と執筆は、太田和彦。太田によるとこのあたりでは、ここ数年、昔ながらの長屋アパートに澄む芸術系の若い人が増えたという。谷根千にも通ずる動きというこ…

『おとなの週末』2010年11月号

『おとなの週末』が快調だ。今月の看板特集は「大満足の居酒屋」。単に「いい店」を並べるだけでなく、企画にメリハリがある。取材で新たに見つけた新しい「名店」、広く知られている老舗をひととおり回っての再評価、創刊から九年間に掲載した居酒屋をひと…

『嗜み』2010年秋号

最新号が出ました。連載中の「全国居酒屋ほろ酔い考現学」は、静岡編。ブログでも取り上げた「多可能」「鹿島屋」「橋」「金の字本店」「河よし」「三河屋」「藤の家」「なごや」と、八軒を紹介しています。 他の記事では、市川團十郎の「『宇宙』を語る」、…

藤木TDC『場末の酒場、一人飲み』

著者は、私の命名するところ、「ヤミ市系ルポライター」である。ヤミ市起源の飲食店街や商店街、ほとんど廃墟と化したその名残などを、執拗に追いかける。たんに眺めるだけでなく、その歴史についても資料を渉猟する。本書は、その取材・研究の成果をコンパ…

ラズウェル細木『大江戸 酒道楽』

『酒のほそ道』で知られる作者だが、この作品は江戸が舞台。 酒の行商を営む大七が主人公で、江戸の酒風俗と食文化が、事細かに描き込まれている。山くじら鍋や紅葉鍋、雛祭りにいただく蛤のお吸い物、飛鳥山の花見、屋台の天ぷら、腹身を使ったねぎま鍋など…

『おとなの週末』2010年10月号

「食べログ」は、私もときどき使う。何しろ掲載店数が多いので、たいがいの店は載っている。このブログでも、住所や休業日などのデータを確認するのに使うことがある。しかし、どの程度信用できるのか。これは、とある小さな老舗居酒屋で主人から聞いた話。 …

日本エッセイスト・クラブ編『'10年版ベスト・エッセイ集』

日本エッセイスト・クラブが毎年、さまざまな新聞・雑誌に掲載されたエッセイから五〇編程度を選んで編むベスト・エッセイ集。今年は二次にわたる予選で一二〇編の候補作が選ばれ、最終的に五一編が掲載されている。 出版社からの掲載依頼で驚いたのだが、私…

『古典酒場』vol.9

静岡居酒屋の旅の途中ですが、本の紹介を。居酒屋ムック『古典酒場』の9冊目となります。倉嶋編集長独立後、最初の号で、デザインも少々変わりました。今回の特集は「ホルモン酒場」で、もつ焼き・もつ煮込み・モツ刺し・鉄板焼きなどの店が満載。リレーイン…

『嗜み』2010年夏号

日本ペンクラブの編集協力で、文藝春秋が出している雑誌です。連載中の「全国居酒屋ほろ酔い考現学」、今回は青森編。「五事」「篤」「小政」「うさ美」など六軒を紹介しています。青森駅前の複合施設「アウガ」の新鮮市場で、カニを物色する私の写真も。 他…

太田和彦『居酒屋百名山』

太田和彦もずいぶんたくさんの居酒屋本を書いてきたが、本書は「私の代表作であり集大成」なのだという。そのスタイルは、一言でいえばストイック。太田の本によくあるデータブック的性格や、紀行文のような広がりは最低限まで抑制され、居酒屋の佇まいと、…