橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

板橋

上板橋「裕ちゃん」

板橋に住んでいた頃、私がもっとも足繁く通った居酒屋「もつ九」が火事で失われたのは、すでに書いた。春には再建・営業再開の予定だが、これに先だって娘婿が、すぐ近くに新しい店を出した。これが、「裕ちゃん」。一二月一六日に開店したというから、まだ…

板橋「松月」

JR板橋駅を東口に出て、左へ。線路脇の小径に入ったところが、前回紹介したバラック飲食店街だが、そこを通り抜けると少し広い道に出る。これが旧中山道で、左側の踏切を渡って歩くと、かつて板橋宿のあった長い商店街に出る。右側へ行ってもやはり商店街で…

板橋「隗」

JR板橋駅の東側は、かつて大規模なヤミ市があった場所で、駅前ロータリーの周辺に、当時の面影を残す飲食店街がある。これに対して西側は、比較的落ち着いた雰囲気だが、線路にへばりつくようにバラック飲食店街が残されている。 「飲み物 つまみ 全品100円…

板橋「北海」

ときどき里心がついて、板橋へ行きたくなる。なにしろ、二〇年近くも住んだ場所だ。第二の故郷という言葉があるが、実際には故郷よりずっと長く住んでいるから、私にとっての重みは、むしろこちらの方が大きい。先日(「まつや」、「明星」)は出版社の編集者…

上板橋「いぶき」

上板橋駅北口を出て、バス通りを東武練馬方向へ少し行ったところの右側。目立たない店構えなので、見落としやすいかもしれない。中に入ると、右側にL字型カウンターがあり、奥には座敷。店内は、ゆったりスペースをとってあり居心地が良い。カウンター席も…

消えた「もつ九」

「もつ九」が消えた。この店については、去年、一昨年と、すでに取り上げている。私の30歳代から40歳代前半は、この店とともにあったといって過言ではない。ところが残念なことに火事で半焼し、ついに取り壊しとなった。 ご覧の通り、完全に更地である。何と…

志村三丁目「新潟」

今日は、ちょっと必要があって板橋へ。用事を済ませたあと、まずは志村三丁目から少し都心方向へ戻ったガード下にある、この店。「猟師(ハンター)の店」と称し、季節には店主が自分で撃ってきた猪や鴨を出す。酒は、主人の郷里である越後の酒。以前、このあ…

「大衆酒場 明星」

次に向かったのは、踏切を越えた反対側にあるこの店。あちこちに紹介されているから、名前だけは知っている人が多いと思うが、場所・雰囲気とも難易度が高い。好みの人には堪えられない、昭和二〇年代の雰囲気の大衆酒場である。私は三回目ほどだが、前の来…

板橋「まつや」

6時半に編集者と駅の改札で落ち合い、この店へ。JR板橋駅東口を出てすぐだが、実は住所は北区滝野川。板橋に住んでいた頃、このあたりではよく飲んだが、住んでいたのが西側の都営三田線沿線だったので、こちら側にはあまり来たことがない。戦後の雰囲気を残…

板橋「おいで屋」

巣鴨をあとにして、予定通り古巣の板橋へ。埼京線を使って楽に帰れるから、一軒寄り道していこうという魂胆である。都営三田線の新板橋まで行き、JR板橋方向へ歩く。いつもと違って、少し遠回り気味に横丁に入ると、真新しい看板が目に入った。「炭火串焼 …

板橋区役所前「亀屋」

都営三田線の駅のすぐそばに、旧中山道と王子新道が直交する交差点がある。このあたりは、旧中山道沿いの中宿商店街の中心部にあたるが、そのそばに、くすんだ光を放つ大衆酒場がある。紺地に白く「大衆酒場」の文字。「大衆酒場 亀屋」といえば、八広に同名…

志村坂上「飯綱」

これは、都営地下鉄三田線の志村坂上駅近くにある知られざる名店である。志村坂上は、かつて神田橋を起点とする都電一八系統の終着駅があった場所。ここから中山道沿いを都心方向に少し戻った左側、マンションの地下にある。入り口は小さく狭く、しかも階段…

板橋「北海」

板橋区の南端、北区・豊島区との区界あたりには、都営三田線の新板橋、JR埼京線の板橋、東武東上線の下板橋という三つの駅がある(ただし、下板橋駅の所在地は豊島区)。一九六〇年代まで城北・埼玉方面へ向かうバスのターミナル駅でもあった板橋駅前には、飲…

上板橋「船底」

最近、必要があって古巣の板橋に何度か足を運んだ。住んでいた頃、上板橋ではほぼ「もつ九」専門だったが、ときどき足を運んだのが、この店。家庭料理風の居酒屋で、串焼き、モツ煮込み、揚げ出し豆腐、まぐろ山かけなどの定番居酒屋料理の他に、イカとキャ…

東武練馬「棟梁」

上質の魚料理を出す居酒屋として、一部ではけっこう有名な店だが、私は今回が初めて。六時少し前に入ったのだが、すでにカウンター席は予約でほぼ満席。端の一席だけ空いていたのに、座らせてもらった。テーブル席も、すでに客がいるか予約されているかとい…

上板橋「もつ九」

前回来たのは昨年の三月一一日だったから、一年ぶりのご無沙汰。この近くに住んでいたとき、行きつけだった居酒屋である。名前の通りもつ焼きを出すが、その他のメニューが多く、普通の居酒屋で出るようなたいていのものはある。しかも、以前より増えている…

東武練馬「春日」

東松山は、やはり遠い。ここで何軒もはしごして、酔っぱらってしまうと先が不安なので、ともかく都内に帰ることにする。急行の池袋行きに乗ると、都内の停車駅は成増だけ。成増が近づくと、なんとなく郷愁が起こってくる。思わず降りて、各駅停車に乗り換え…

「和食れすとらん 天狗」志村二丁目店

「天狗」は、私がいちばん好きなチェーン居酒屋である。もっとも、最近ではチェーン居酒屋が多様な進化を遂げているので、現時点ではさほどの魅力はない。しかし、私が居酒屋めぐりを始めた一九八〇年代後半には、他のチェーンを引き離していた。まず酒が旨…

板橋「鈴むら」

JR板橋駅は、埼京線で池袋から一駅。すぐ北側の踏切で埼京線と交差しているのは旧中山道で、南東方向へ行けば、巣鴨の地蔵通りへと至る。北西方向に行けば、途中で現中山道と交差して仲宿商店街を通り、板橋本町の交差点付近で環七を横切り、志村坂上の手…

志村坂上「飯綱」

志村三丁目の居酒屋「新潟」から急坂を上って志村坂上へ行く。坂の上には大きなマンションがいくつか建っていて、下から見るとけっこう威圧感がある。眺めはいいのだろう。坂の上といっても、板橋のことだから決して高級住宅地ではない。しかし、微妙に空気…

志村三丁目「新潟」

前にも書いたように、志村三丁目は都営三田線が地上に出たところの駅。つまり、武蔵野台地から北へ坂を下った場所である。この「新潟」は、改札を出て左方向へ行き、二本目を右に曲がってガードをくぐったところにある。店内はテーブルが四卓と壁際のカウン…

上板橋「もつ九」

この店は、私がこれまで最も多くの時間を過ごした居酒屋である。この先、それ以上の時間を過ごす居酒屋が現れることはあるまい。なにしろ、板橋に住んでいた二〇年ほどの間、最初の数年間は除くと、平均して週一回くらいは通っていた。行った回数は、五〇〇…

東武練馬「大衆割烹 春日」

東京二三区を、都心・東部・西部と三つに区分することがある。東京都の統計の上では、都心は千代田・中央・港・渋谷・新宿・文京・豊島・台東の八区。東部と西部がこの周りを取り囲むわけだが、その境界はどこかというと、板橋と練馬の間である。この二つの…